マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    夢と魂の関係について

    老人ホームに母の面会に行くと、ここ数回、母は苦笑交じりに必ずこう言っていた。
    「あなたのところに会いに行っても、いつも無視される」
    一瞬、一体何のことだかわからなかった。
    だが、すぐに夢の話だろう、と結論づけた。
    「それは夢だよ。実際寝たきりなんだからどこにも行けないんだ」
    酷な言い方かもしれないが、現実を認知させる為、そう言う。
    母はいつも納得が行かない表情をした。
    来る日も来る日も、ずっとベッドの上で寝ているからだろう。
    こうやって人間はだんだんと夢と現実の区別すらなくなるのだ。
    私は、そう、結論付けていた。
    しかしながら。
    この事には、もっと奥深い人間世界の様相が隠されていたのである。
    いわば霊魂の話である。
    一昨日だった。
    私は、夜、眠り、夢を見た。
    その夢の中に、母が出てきたのだ。
    母は、おぼつかない足取りで、私の前を何度も行ったり来たりした。
    私は、その時、今は会っていない昔の友人と2人で歩いているところだった。
    だから、母に気づきながらも、一瞬、今日は無視しよう、と思った。
    その時、いつもの母の言葉を思い出したのである。
    「会いに行くけど、いつも無視される」
    そこで、私は、ハッと気づいた。
    母は、このことを言っているのではないか。
    確かに、そう言われれば、今までも、同じような場面があった気がする。
    私は、そのたび、今回同様、夢の中で、母を無視していたような気もする。
    だから、私は、この日ばかりは、母に声をかけたのだった。
    「どうしたんだい?こんなところに?」
    すると母は笑みを浮かべ、こう言った。
    「散歩ついでに、会いに来たのよ」
    それから、私は旧友ともども母も連れ、自宅に招待し、料理をふるまった。
    「すごい、美味しい。こんな立派な料理作れるなんて。すごい成長したねえ」
    そんな風に、母は、ずっと笑顔で喜んでくれていた。
    その後、私は、夢から覚めた。
    そうして、この夢の出来事について、しばし寝床で考えた。
    人は臨終間近になると、頻繁に幽体離脱を繰り返すらしい。
    霊魂が集う場所が、夢なのではないか。
    死期は別にして、健康な人間も、寝ている時、魂が、肉体から遊離して、その霊魂の集う場所に移動するのではないか。
    金縛りとも言うらしいが、そういう類のものではなく、私は、これまでの人生で、何度も、寝ている時、起きようとし、肉体に意識を戻そうと苦しむ時があった。
    肉体と霊魂のバランスが崩れた時、霊魂を肉体に戻そうという作業なのだろう。
    夢を介し、時空を越え、旧友や時には死者の霊魂と交流する。
    その場で、人間は、魂の交流をしている。
    若干、話はずれるが、以前、インターネットが夢の世界に似ている、と思ったことがあった。
    肉体は移動せず意識だけを飛ばすところに共通項を見出していた。
    だが、やはりインターネットは、現実の領域であり、夢にはなれない。
    何しろ、夢で飛ばすのは意識ではなく、魂だからだ。
    人間には、精神があり、心があり、なおかつ魂がある。
    魂は、霊魂という言葉のまま、霊性を帯びる。
    人間が霊長類の長とされる所以も、この霊魂の存在にある。
    私たちは、同時代に生きている。
    だが、魂のレベルは、8段階ある。
    輪廻転生の回数により魂の成長が行われる。
    ならば、私は、何度目の人間界なのだろうか。
    私にはわからない。
    ただ、心無い犯罪、人間社会の混乱、それらは魂のレベルの相違にあるのだろう。
    あまり先を急ぐと間違う。
    私は急がない。
    私は所詮レベル8の人間ではない。
    私の霊魂はまだ輪廻転生しなければいけないレベルだ。
    話がそれたかもしれない。
    ただ、これは、ただの夢の話ではない。
    今度、母の面会に行った時、母は何と言うだろう。
    「この前は無視されなかった。美味しい料理をありがとう!」
    もし、そう言ったなら。
    かなり楽しみである。





    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    退院

    心配してくださった皆さんへ。
    無事、退院したよ。
    特に、良くも悪くもならず、また施設に戻ったよ。
    また生き延びた気がして嬉しいよ。
    やっぱ死んだら哀しいもんね。
    生きるも死ぬもよくわからないけどさ。
    人間ってなんでこんなこと気にするんだろうね。





    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    理学療法士という天才

    入院1週間後、母の様子を見に行ってきたよ。
    前回、大腿骨骨折の時は病院に馴染めず、早々に追い出されたから、今回も同じようなことが起きるのではないかと気になっていたんだ。
    病院では、行政の縦割り区分のせいなのか、今までどおりヘルパーさんとか介護職の方に世話してもらえないんだよね。
    忙しく動き回る看護士は、点滴や薬での体調管理はしても、介護はしないんだ。
    こういう医療と介護の分断って改善の余地があるように思うけど、どうなんだろうね。
    これから国は医療費削減方向で、なるべく入院させない方針に転換していくようだけど、どうなっていくんだろうな。
    病院の面会は、昼過ぎの14時からと決まっているから、14時ぴったりに行ったよ。
    大部屋に変わっていて、4人部屋で、3人が婆さん、1人が中年女性の部屋だったよ。
    婆さん3人はね、言葉もしっかりしていて、母と同じようなちょっとした老化による脳梗塞だろうな、と推測できたよ。
    ただ中年女性だけは、体も動かせず言葉も話せず「あー」とか「うー」とか呻いているだけだったから、可愛そうだけど本当の脳出血での入院なんだろうな。
    それで、母は、こちらの心配もよそに、すこぶる元気だったよ。
    2週間ばかりは血液をさらさらにする点滴をするとのことだったけど、もしかしたら本当に認知症っぽい感じ、例えば機嫌の悪さとか、怒りっぽさとか疑り深さとかも、脳梗塞が原因だったのかもしれない。
    それに記憶もここ数年口にしていない昔話も思い出していて鮮明になっていたし、何より今自分が脳梗塞で入院しているという事実をきちんと認識できていたことに驚いたよ。
    こうも性格や記憶力や認知能力が変わるなら、私もそうだが、もう日本中の老人全員に血液をさらさらにする薬を投与した方がいいんじゃないかとさえ思ったよ。
    母と話していたら、イケメンで爽やかなNHKの歌のお兄さんのような若い男性が来てね。
    理学療法士とかいう職種の人のようで、「少しリハビリしましょうか」と母に話しかけたよ。
    気難しい母のことだから嫌がるだろうと見ていたら、満面の笑みで頷いたから、またもや驚いたよ。
    理学療法士の男性の言うとおり、グーチョキパーを20回ずつ、とか素直にやっているんだよ。
    そのあと、理学療法士の男性にお姫様だっこをされて、座る練習とか立つ練習とかやってね。
    目は見えなくともイケメンぶりがわかるのだろう、母は始終ニコニコしていたよ。
    その時、理学療法士が私にも話しかけてきてね。
    「いつから歩けなくなりましたか」
    「3年位前に大腿骨骨折してリハビリを途中でやめてからずっと寝たきりなんですよ」
    「そうですか、歩かない期間が長かったんですね。歩けそうですけどね」
    そんなやりとりをしたんだけど、家に帰ってブログを見てみたら、大腿骨骨折はもう6年も前の話だったよ。
    3年で長いんだから、6年は長すぎだよね。
    あの時は流れるような状況で、もう歩けないものと決めつけてしまったけど、判断ミスだったのかもしれない。
    本当は、あの時、もう少し何とか考えて、リハビリができる環境さえ私が作ってあげられていたら、施設で不自由な生活をせずに、今も一人暮らしができていたんじゃないか。
    介護は体を改善はしない、現状維持だ。
    それに施設にとっては元気に歩き回る老人よりも、寝たきりの老人の方が扱いやすい。
    施設に入った老人は、はじめ歩いていても、だんだんと歩けなくなる。
    私は、どっちが正解かわからなくなってきたよ。
    全ての判断に正解できるはずもないけど、そのたびごとに自分の頭で考えて最善の道を選んできたつもりだったんだけど、全て間違っていたのかもしれない。
    何にも母のことを考えていなかったと気づかされたよ。
    病院では、医師も看護師も患者と向き合う暇がないほど忙しく、患者を見ずに数値ばかりに目を奪われているようで、気ぜわしさがこちらにも伝わってきてね、端で見ていて気持ちのいいもんじゃないよ。
    だけど、理学療法士は、患者と向き合い患者の気持ちに寄り添わないと患者は動いてくれないからだろうが、技術はもちろん心でもって患者と魂の交流をしているような気がしていて、感動すら覚えたよ。
    歌のお兄さんを尊敬したことは今までの人生で一度もなかったけどね、こうして母の溌剌とした姿を目の当たりにすると、人間社会の根幹を担うのは、気難しい医者でもなければ、誰でもない、優しく優れた歌のお兄さんだ、と思ったよ。
    とても私にはできそうもない。
    「来週からは車椅子で外にでましょうか」
    理学療法士の若い男性はそう言った。
    母は満足そうに頷いた。
    私の口からは、極めて自然と、何の躊躇も、恥じらいも、邪念もなく、こんな言葉がついて出たんだよ。
    「先生、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」




    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    魂について

    看護士がムリヤリ母の足を動かそうとしたよ。
    母は「痛い、やめて」と呻いたんだ。
    それでも看護士は「足が動くか確認したいから」と力を入れて母の足を動かそうとし続けていたよ。
    次の瞬間、母は、看護士の顔を蹴飛ばしたね。
    だから、私は、呆然としている看護士に、微笑みながら「足、動いたね」と声をかけてやったよ。
    看護士は、鬼みたいな表情をして私を睨み付けて、部屋を出ていったよ。
    看護士に限らず医師も誰も、ともすれば現代人のほとんどが、人間について一番大切なことをわかっていないようだね。
    教科書にも医学書にも魂についての記述がないからかな?
    私はベッドの脇にしゃがみこんだよ。
    安堵の表情を浮かべる母を、しげしげと見つめたよ。
    もはや社会生活も社会性も必要なくなった時、人間を人間とたらしめるのは、魂だけだ。
    「まだ魂が宿っていたから安心したよ」
    「当たり前よ」
    それにしても病院って人間を何だと思っているんだろうね。
    魂、手放したら、人間、終わりなのにね。
    みんな、魂について、全く考慮していないんだからね。


    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    親見て、子育つ

    思い起こせば、母には色々な場所に連れていってもらったよ。
    精神病院の保護室から、老人ホームから、良くも悪くも様々な世界を見せてくれた。
    言葉では決してわからない現実ばかりさ。
    人間世界への深い洞察を与えてくれたよ。
    雪道をバイク走らせ、四時間。
    ようやくたどり着いた郊外の脳神経外科病院。
    病院の匂いって何だか人間がモルモットになったような気がして嫌だね。
    母は、ナースステーション横の救急部屋のベッドの上で、静かに目を閉じ眠っていたよ。
    じっと見つめていると、声には出さずとも、確かに聞こえたんだ。
    「ここは人間の体を脳内からのみ考える場所よ。間違っていないけど正しくもない彼らの論理もよく覚えておきなさい」
    ああ、わかったよ。
    せっかく身を削りながら連れてきてくれたんだ。
    ちゃんと観察するよ。




    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback
    このカテゴリーに該当する記事はありません。