退院

    心配してくださった皆さんへ。
    無事、退院したよ。
    特に、良くも悪くもならず、また施設に戻ったよ。
    また生き延びた気がして嬉しいよ。
    やっぱ死んだら哀しいもんね。
    生きるも死ぬもよくわからないけどさ。
    人間ってなんでこんなこと気にするんだろうね。



    理学療法士という天才

    入院1週間後、母の様子を見に行ってきたよ。
    前回、大腿骨骨折の時は病院に馴染めず、早々に追い出されたから、今回も同じようなことが起きるのではないかと気になっていたんだ。
    病院では、行政の縦割り区分のせいなのか、今までどおりヘルパーさんとか介護職の方に世話してもらえないんだよね。
    忙しく動き回る看護士は、点滴や薬での体調管理はしても、介護はしないんだ。
    こういう医療と介護の分断って改善の余地があるように思うけど、どうなんだろうね。
    これから国は医療費削減方向で、なるべく入院させない方針に転換していくようだけど、どうなっていくんだろうな。
    病院の面会は、昼過ぎの14時からと決まっているから、14時ぴったりに行ったよ。
    大部屋に変わっていて、4人部屋で、3人が婆さん、1人が中年女性の部屋だったよ。
    婆さん3人はね、言葉もしっかりしていて、母と同じようなちょっとした老化による脳梗塞だろうな、と推測できたよ。
    ただ中年女性だけは、体も動かせず言葉も話せず「あー」とか「うー」とか呻いているだけだったから、可愛そうだけど本当の脳出血での入院なんだろうな。
    それで、母は、こちらの心配もよそに、すこぶる元気だったよ。
    2週間ばかりは血液をさらさらにする点滴をするとのことだったけど、もしかしたら本当に認知症っぽい感じ、例えば機嫌の悪さとか、怒りっぽさとか疑り深さとかも、脳梗塞が原因だったのかもしれない。
    それに記憶もここ数年口にしていない昔話も思い出していて鮮明になっていたし、何より今自分が脳梗塞で入院しているという事実をきちんと認識できていたことに驚いたよ。
    こうも性格や記憶力や認知能力が変わるなら、私もそうだが、もう日本中の老人全員に血液をさらさらにする薬を投与した方がいいんじゃないかとさえ思ったよ。
    母と話していたら、イケメンで爽やかなNHKの歌のお兄さんのような若い男性が来てね。
    理学療法士とかいう職種の人のようで、「少しリハビリしましょうか」と母に話しかけたよ。
    気難しい母のことだから嫌がるだろうと見ていたら、満面の笑みで頷いたから、またもや驚いたよ。
    理学療法士の男性の言うとおり、グーチョキパーを20回ずつ、とか素直にやっているんだよ。
    そのあと、理学療法士の男性にお姫様だっこをされて、座る練習とか立つ練習とかやってね。
    目は見えなくともイケメンぶりがわかるのだろう、母は始終ニコニコしていたよ。
    その時、理学療法士が私にも話しかけてきてね。
    「いつから歩けなくなりましたか」
    「3年位前に大腿骨骨折してリハビリを途中でやめてからずっと寝たきりなんですよ」
    「そうですか、歩かない期間が長かったんですね。歩けそうですけどね」
    そんなやりとりをしたんだけど、家に帰ってブログを見てみたら、大腿骨骨折はもう6年も前の話だったよ。
    3年で長いんだから、6年は長すぎだよね。
    あの時は流れるような状況で、もう歩けないものと決めつけてしまったけど、判断ミスだったのかもしれない。
    本当は、あの時、もう少し何とか考えて、リハビリができる環境さえ私が作ってあげられていたら、施設で不自由な生活をせずに、今も一人暮らしができていたんじゃないか。
    介護は体を改善はしない、現状維持だ。
    それに施設にとっては元気に歩き回る老人よりも、寝たきりの老人の方が扱いやすい。
    施設に入った老人は、はじめ歩いていても、だんだんと歩けなくなる。
    私は、どっちが正解かわからなくなってきたよ。
    全ての判断に正解できるはずもないけど、そのたびごとに自分の頭で考えて最善の道を選んできたつもりだったんだけど、全て間違っていたのかもしれない。
    何にも母のことを考えていなかったと気づかされたよ。
    病院では、医師も看護師も患者と向き合う暇がないほど忙しく、患者を見ずに数値ばかりに目を奪われているようで、気ぜわしさがこちらにも伝わってきてね、端で見ていて気持ちのいいもんじゃないよ。
    だけど、理学療法士は、患者と向き合い患者の気持ちに寄り添わないと患者は動いてくれないからだろうが、技術はもちろん心でもって患者と魂の交流をしているような気がしていて、感動すら覚えたよ。
    歌のお兄さんを尊敬したことは今までの人生で一度もなかったけどね、こうして母の溌剌とした姿を目の当たりにすると、人間社会の根幹を担うのは、気難しい医者でもなければ、誰でもない、優しく優れた歌のお兄さんだ、と思ったよ。
    とても私にはできそうもない。
    「来週からは車椅子で外にでましょうか」
    理学療法士の若い男性はそう言った。
    母は満足そうに頷いた。
    私の口からは、極めて自然と、何の躊躇も、恥じらいも、邪念もなく、こんな言葉がついて出たんだよ。
    「先生、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」



    魂について

    看護士がムリヤリ母の足を動かそうとしたよ。
    母は「痛い、やめて」と呻いたんだ。
    それでも看護士は「足が動くか確認したいから」と力を入れて母の足を動かそうとし続けていたよ。
    次の瞬間、母は、看護士の顔を蹴飛ばしたね。
    だから、私は、呆然としている看護士に、微笑みながら「足、動いたね」と声をかけてやったよ。
    看護士は、鬼みたいな表情をして私を睨み付けて、部屋を出ていったよ。
    看護士に限らず医師も誰も、ともすれば現代人のほとんどが、人間について一番大切なことをわかっていないようだね。
    教科書にも医学書にも魂についての記述がないからかな?
    私はベッドの脇にしゃがみこんだよ。
    安堵の表情を浮かべる母を、しげしげと見つめたよ。
    もはや社会生活も社会性も必要なくなった時、人間を人間とたらしめるのは、魂だけだ。
    「まだ魂が宿っていたから安心したよ」
    「当たり前よ」
    それにしても病院って人間を何だと思っているんだろうね。
    魂、手放したら、人間、終わりなのにね。
    みんな、魂について、全く考慮していないんだからね。

    親見て、子育つ

    思い起こせば、母には色々な場所に連れていってもらったよ。
    精神病院の保護室から、老人ホームから、良くも悪くも様々な世界を見せてくれた。
    言葉では決してわからない現実ばかりさ。
    人間世界への深い洞察を与えてくれたよ。
    雪道をバイク走らせ、四時間。
    ようやくたどり着いた郊外の脳神経外科病院。
    病院の匂いって何だか人間がモルモットになったような気がして嫌だね。
    母は、ナースステーション横の救急部屋のベッドの上で、静かに目を閉じ眠っていたよ。
    じっと見つめていると、声には出さずとも、確かに聞こえたんだ。
    「ここは人間の体を脳内からのみ考える場所よ。間違っていないけど正しくもない彼らの論理もよく覚えておきなさい」
    ああ、わかったよ。
    せっかく身を削りながら連れてきてくれたんだ。
    ちゃんと観察するよ。



    正月帰らなかったら脳梗塞さ

    夕方、朝からパチンコしてて、負け続けて、最後の一万円を入れた時だったよ。
    母の施設から電話があったんだ。
    急に手が動かなくなって、ろれつがまわらなくなったから、救急車で病院に搬送したって言うんだ。
    慌てて、パチンコやめて、その救急病院に連絡したよ。
    MRIで見たら、脳梗塞だったらしい。
    近くの脳神経外科にまた搬送するって。
    しばらくしたら、また次の病院から連絡あるだろうって医者が言うんだ。
    ひとまず待ってたよ。
    駆けつけようにも、ちょうど今日は雪でね。
    夜、雪や凍結した阿蘇越えて、テリーじゃどだい走れないからね。
    三時間待ったよ。
    不安とか、心配とか、色々あったよ。
    よくわからない内に、ワインを一本空けたよ。
    さすがにしびれを切らして、もう待ちくたびれて、二回目に搬送された病院に電話したよ。
    確かに入院してるって言ったよ。
    ただ今時色々と法的なことがあるのかわからないけど、これ以上は電話じゃ話せないって医者が言うんだ。
    明日も雪らしいけど、行くしかなくなったよ。
    正月帰らなかったから、私を呼び戻す為にオートマチックに病気になったんじゃないか。
    少し疑心暗鬼だよ。
    でも、天気くらい確認してくれないかな。
    明日も雪だよ。
    ああ、わかってるよ。
    もちろん帰るよ。
    最後の一万円なくす前に電話あったからね。
    大丈夫さ、ありがとう。




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