森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    新しい時代の新しい作家

    第五回福岡ポエイチで購入したフルカワカイさんの詩集と小説を読んだ。
    詩集のタイトルは「vital energy」で、小説のタイトルは「SNOW dROP」という。

    本棚ではなく、マガジンラックに飾っておきたくなるような、スタイリッシュな本だ。

    詩集「vital energy」は、詩の内容だけでなく、タイトルの頭文字をデザインし血液を連想させる表紙、本文に15ptという大きな文字サイズを使用するなど、目に見えるもの全てにおいて力強さを具現化し、生命力を表現していた。
    気負わず読め「生きる力」をもらえる詩集だ。

    小説「SNOW dROP」は、2作目でありながら決して少なくない登場人物全員に役割と性格と各々の物語が設けてあったことに感嘆した。
    京都で舞妓・芸妓を目指し懸命に生きる女性の夢と恋愛を軸に、日常とファンタジーとが違和感なく展開されている。
    詩集と同じように読後「生きる力」を漲らせてくれる小説だ。

    ポエイチ当日、少しばかり話をさせてもらった。
    昨年12月、東京都世田谷区で現代アート作家とのコラボ展をしたとのことだ。
    小説家とアーティストがコラボレーションしたギャラリー展
    小説「SNOW dROP」の世界を現代アートの作家たちがそれぞれの作品で表現するというものだったそうだ。
    最後に、フルカワカイさんは、こう力強く、言い切った。

    「みんな物語を求めている、と思うんです」

    彼女が、これから表現していくだろう新しい文学のカタチを是非見てみたい。
    フルカワカイさんは、無限の可能性を秘めた、新しい時代の新しい作家である。


    Category : 福岡ポエイチ
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    我輩は最後の読者であるー文芸即売会における本の買い方篇ー

    我輩は、一般書店では飽き足らず、自分だけの作者を探しに来た、貪欲な読者である。

    我輩が想定した客の心得はこうだ。

    ①会場に入り、ブース(卓上)だけを見つめ、本だけを見ながら、歩く。
    ②気になったブースの前だけに立ち止まり、ここではじめてブースに座る作者と目をあわせる。
    ③目の前の作者に「これはどういうものでしょうかね?」と説明を聞く。
    ④きちんと自著の説明、テーマ、コンセプトを話してくれた、意欲に溢れた作者の本だけ、買う。



    色々な性格があり、うまく話ができない人もいるだろう。

    会話の上手下手ではなく、気持ちの問題である。

    たどたどしくとも良い。

    自著に対して言いよどむ者、誠意を持って伝えようとしない者、中身の説明を全くしない者は、論外である。

    文字ばかりの本を、一瞬ぱらぱらと立ち読みしたところで、少しばかりの文章の良し悪しはわかっても、作品の良し悪しはもちろん、どのような物語かなど、何もわかるはずないのである。

    即売会そのものに対する宣伝ならまだしも、ネットでの自身の販売物の宣伝など阿呆がすることである。

    読者が目の前にいる、作者も目の前にいる、そこで何を語れるかだけだ。

    その後、家に持ち帰り、その本を、読みはじめることになる。

    ①~④を経て購入したならば、少なくとも、心ある作家の、意欲溢れる作品を購入したことだけは間違いない。

    これだけで得るものは大きい。

    今回、この方法で、意欲漲り成長著しい詩人の詩集を1冊、才気迸る新しいカタチの作家の詩集と小説を一冊ずつ、計3冊の本を購入した。

    今、ゆっくりと、それを読んでいるところである。

    Category : 福岡ポエイチ
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    明日からのポエイチのこと

    明日から福岡ポエイチだということで、何人かの方から「結局行くの?どうすんの?」と尋ねられましたが、明確な返答はしていません。

    SPがいればともかく、今のところ、いません。

    以前、空港近くの小さな居酒屋の主人に聞いた話によれば、テレビでも活躍していた頃の志茂田景樹さんがフライト前にふらっと飲みに立ち寄った際、屈強なガードマンが2人も見張っていたそうです。

    私は無名の作家ですし、もしかしたらある種有名かもしれませんが、出版社の庇護もない、無一文の個人作家です。

    自分の身は自分で守るしかありません。

    それにしてもどうにかならないものですかね。

    私的インターネット法に規定したのですが、相変わらずですね。

    ツイッターやブログでの意味のない宣伝、何のつもりなのでしょう。

    全員、島流しですね。




    Category : 福岡ポエイチ
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    第四回福岡ポエイチ総括ー文学の行く末ー

    第四回福岡ポエイチも、私的に、いよいよ終わりだ。
    今回は、ブログに書いてきたように、色々な新しい人と出会えて、いつにもまして新鮮だった。
    というか、今まで文学フリマ界隈しか見ていなくて、他の人たちに目がいっていなかったのかもしれない。
    泉由良やにゃんしーや上住などもポエイチの打ち上げには来ていないし小柳さんなども来ていない。
    何故かは聞かなかったが、何となくわからないでもない。
    本人たちは意識しているかどうかは別にして、私自身も去年まではそんな感じであった。
    今回は、もう文フリをやめるとして、では他に何があるのか、という自分なりのテーマがあったから、自然と、文フリには行かない他の人に色々な話を聞くことになり、他の人の文学への取り組み姿勢が気になっただけだ。
    文フリ福岡が今年からはじまることにより、ポエイチ自体もやはり何かしら変化するとも感じた。
    それはたとえば、文フリがこうだから、ポエイチはこのコンセプトを守る、という、これまで色々と考えてきたことを全て無に帰し、いわば、「このまま進む、変化しない」という意志への変化かもしれない。
    私も、それでいい、と思う。
    牟礼鯨が、こんなことを言っていた。
    「加藤治郎、誰それ?」
    当日は、色々と偉そうに解説してあげたが、それもwikipediaからの又聞きだ。
    短歌の世界では知られている人らしいが、もちろん短歌の世界など興味がない私が知るはずもない。
    「短歌コミュニティでは有名らしい」
    「短歌ってコミュニティか?」
    「短歌はそうよ」
    だが、短歌コミュニティで知られている人を知る機会にもなったし、これはこれで、とても有意義なことだ。
    さらに、私は、牟礼鯨に、わざと、こんなことも聞いてみた。
    「黒瀬からん(漢字の変換が面倒くさい)は知ってるだろう?」
    「ああ、金沢にいたハンケチ君ね。それでも、それ以外、知らない。なんだ、あれ?」
    「知らんのか、勉強不足だな」
    「短歌って何かの宗教?全く俵万智以外知らないんだが、一体、誰向けの創作なんだ?」
    「コミュニティ向けや。そんなこともわからんのか。文フリと一緒や」
    まあそれでも、こういう感じで、ポエイチのゲストとして見て、何となく知っていけば、それでいいような気もする。
    ポエイチは、そういう意味で、文藝のよく知らない人を紹介するという本当の文藝好きが集まる場でいいような気がする。
    三角みづ紀さんも実際ポエイチまでは知らなかったくらいだし、文藝なんぞ、基本、売れてる作家以外、誰も知らない世界なのだ。
    「ポエイチは、多分、俵万智を呼ばないだろう」
    私が言うと、牟礼鯨は、
    「なんで?呼べばいいじゃん?」
    と聞き返してきた。
    「ポエイチは反商業主義だからだよ」
    「というか非商業主義だろ。反文フリでもなく非文フリだ」
    「まあ、たしかに」
    そういう詩人らしい脱世俗なイベントでいい。
    ここはそれだから、とても居心地がいいのだから。
    「遊びに行くならポエイチ、ケンカしに行くなら文フリ」
    私が、そうまとめると、
    「ああ、そうだ、酒鬼薔薇が絶歌って本出したな。仲間に入れようぜ。反人間主義だし丁度いい」
    牟礼鯨が、いきなり、こんな提案をしてきた。
    「だが、奴は、幻冬舎の見城が絡んでいるし前の事件のやり口にしても今回の太田出版からの出版にしても徹頭徹尾商業主義だし、文フリなんて知らんやろ」
    私としてもその方が面白いが、反人間主義、反商業主義、反文学フリマという三点ともが同じ方向性でないと、いずれ内部抗争が起きるのは目に見えている。
    すると、牟礼鯨が、神妙な顔をし、こう聞いてきた。
    「あんた、もしかして、元少年Aか? 聖の字が同じだし」
    「だとしたら?」
    「酒鬼薔薇聖斗がこの世に3人いることになる」
    「えっ?」



    ともかく、このような文学の話ができるのは、とても楽しい。
    福岡ポエイチは、私にとって、(実際)私生活をも変えてくれた、最高のイベントだった。
    夏野雨さんはじめ、ポエイチスタッフの皆さんに感謝したい。

    最後に、『何故?』ではじめて、第一回福岡ポエイチに参加した際のPVをご覧下さい。
    (※実は、このPVの挿入歌で友人のミュージシャン渡辺誠志の歌を使ったのだが、あまりに良い歌だったせいなのだろう、夏野さんから、「福岡市後援のイベントですし著作権などの問題もあるのでタンブラーへの掲載は不可」と言われた経緯があった。「いや友人だからちゃんと許可もらって使ったんだ」と後で説明して「ああそうでしたか」と言われたのも、今となっては良い思い出だ。)




    それでは、皆さん、お元気で。

    Category : 福岡ポエイチ
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    第四回福岡ポエイチにてー文フリ福岡副代表、あるいは古賀との議論ー

    二日目、加藤治郎氏の朗読がはじまる10分前、煙草を吸いに、冷泉荘四階の喫煙所へ行った。
    ひとまず一服だけして、朗読を聞きに降りるつもりだったのが、私のすぐ後ろに一人の大村昆似の男が付いてきた。
    胸からぶらさげている名札には文学フリマ福岡と書かれている。
    「なんの用だ?」
    私は、ひとまず、わかばに火をつけた。
    男は、階段に座り、わかばではない煙草に火をつけた。
    前回のポエイチの時は、ちょうど同じ時間帯に、詩人の三角みづ紀さんと話をしたが、今回は、むさくるしい男だ。
    「森井さんのブログ見てますよ。あんまり変なこと言わないでくださいね」
    男は、にやにやしながら、そう言った。
    どうにも理由はわからないが、私と対峙するとき、男はにやにや、女は何故か怯えた目をしていることが多い。
    「まず名を名乗れ」
    私がそう言うやいなや、男は懐に手を入れた。
    もしや私を殺れとM月にでも言われた鉄砲玉かと一瞬身構えた。
    だが、次の瞬間、男は、ドスや拳銃ではなく、一枚の名刺を取り出し、私に差し出した。
    「文フリ福岡副代表、社会学者の古賀と言います」
    「社会学者?」
    「ええ、アニメですけど」
    「じゃあ、文学ではなく、アニメのイベントをやれ」
    「代表は、東浩紀が好きなんで」
    「あのメガネの女か」
    「あるいは、黒いスーツの」
    「配置図も読めない、あの女か」
    「あるいは?」
    「昨日の終わり、私のブースに荷物を置いていたんだよ。だから、あんたら文フリ福岡のブースはあっちだと教えてやったら、私の言うことが信用できないのかわざわざ配置図を取り出し、ああ本当だ、とすっとぼけたことを言った、あの間抜けな女か」
    「ああ、あるいは、そういうところはあるかもです」
    「もういい。で、何の用だ?」
    「いや、あるいは、実は、言いたいことは山ほどあるんですよ。でも、あいつらには関わるなと上から言われているんで、この場面見られただけで怒られるかも」
    「あいつら?」
    「ええ、あるいは、森井さんと牟礼鯨さんですよ。ブログやネットで何言われても相手にするなって言われてます」
    「馬鹿は相手にするな、みたいな感じか?」
    「まあ、あるいは、そういうニュアンスです」
    「じゃあ、やめとけ。どうせ不毛に終わることはわかっているしな」
    「いえいえ、あるいは、ちょうどいいので、話しましょう。ただ、僕が今から語ることは、僕個人の意見で、文フリ福岡の意見ではありません」
    「おまえら、いつも、そうやって逃げるよな。一体、誰に聞けば、責任ある意見が聞けるんだ? M月にしろ、ボランティアだと言う、参加者の意見を汲み取っている、と逃げる。一体、文フリの実体はどこにあるんだ?」
    「さあ、あるいは、そういうシステムなんですよ。森井さんは、そのシステムがおかしいと言っているんですか?」
    「おかしいだろう。どう考えても」
    「いえいえ、あるいは、これは、日本と同じシステムですからね。今はもう全く関係ないけど、便利だから、大塚英志の美辞麗句な言葉を憲法みたいに使ってね、天皇みたいにどこか遠くに置いておいてね、でも美辞麗句ですから聞こえはいいし、人は集まりますよ。森井さんも騙された口でしょ。文学フリマは書き手の交流の場ですよ。勘違いしたらいけない」
    「交流なら、なにも作品を作らなくてもいいだろう。即売会ではなく、違う方法があるだろう」
    「あるいは、文学カフェみたいなものも、そのうちやろうかと考えてます」
    「じゃあ、それをしたらいいじゃないか。一々、即売会なんかまどろっこしい方法とらなくてもいいだろう」
    「あるいは、今のは、僕の意見です」
    「なにが、あるいは、だ。私は、あるいは、を多用する奴は嫌いなのだ」
    「あるいは、コミュニケーション、ディスコミニケーションさえですね」
    「あるいは、あるいは、うるさい奴だな。一体、何が、言いたいんだ?」
    「あるいは、地方と中央のですね、文化運動のですね」
    「また、あるいは、か。いい加減にしろ。なにが文化だ、恥を知れ」
    「あるいは、スタンリー・フィッシュの解釈共同体概念によるとですね」
    「おまえ、一体、誰と話してるんだ? ちゃんと人に伝える気あるのか? きちんと自分の言葉で話せ」
    「ええ、ですから、あるいは、この前、東京の文学フリマに初めて行ったんですがね」
    「初めて?」
    「ええ、あるいは、代表は行ったことあるみたいですが、僕は第二十回が初めてなんですがね。地方は、あるいは、文学フリマを知らないと思うのですよ」
    「そんな情弱おるかい、今時」
    「いえいえ、福岡には、あるいは」
    「福岡舐めてんのか」
    「ああ、あるいは、森井さん、福岡の方ですか? 僕は横浜ですが」
    「いや、大分やけど」
    「大分って、あるいは、福岡より地方ですよね。植民地ですよね」
    「なんの植民地や。わけわからんこと言うな」
    こんな感じで、不毛な議論が一時間ほど続いた。
    結局、楽しみにしていた加藤治郎氏の朗読も聞けずに終わった。
    最後、階段を下りていく途中、後ろから、古賀が呼びかけてきた。
    「森井さん、文フリ福岡来てくれますよね?」
    私は、振り返らずに、こう言い残し、ポエイチ会場へと戻っていった。
    「さあな。だが、もし行くとしても一般来場者として行くよ。おまえ勘違いしてるよ。文学フリマ含め文芸即売会に必要なのは書き手じゃない。ちゃんとした読み手なんだよ。書かないからこそ、ちゃんと物が言える、真っ当な読み手なんだよ。よく覚えとけ!」

    Category : 福岡ポエイチ
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