森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    大悪党と文鳥

    夢のなかで夢を見ているような

    夢のなかで現実を生きるような

    そういうこともなくなって

    現実に浮き足立つこともなく

    現実に歯向かうこともなく

    ただ現実のなかで現実を生きている

    この心だけもって

    この体だけもって

    しっかり死にむかって

    生きている

    そんな私は

    この冬

    一羽の文鳥を飼いはじめた



    小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。
    ー太宰治『川端康成へ』より






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    3年越しの『シオンの娘』体験記

    ようやくシオンの娘に行ってきた。
    約3年半前(2014年5月)に、下記のようなブログ記事を書いていた。
    福岡ポエイチ・裏ガイドブック『イエスの方舟事件』のその後、あの娘たちが営む『クラブ・シオンの娘』へGO!
    だが、こう書いていながら、私自身は、シオンの娘へ行っていなかった。
    日常ぶんがく研究所の本義は、書かずとも体現者として、文学的人生を現実世界で実現することである。
    それなのに自身で提案し書いたことを実行できていない。
    ここ3年半、このことに関して、わだかまりがあった。
    今回、この焦燥感を払拭すべく、福岡最大の繁華街・中州まで赴いた。
    夜19時にシオンの娘に辿り着いた。
    しかし、店はまだ開いておらず、「御用の方は電話下さい」という張り紙があった。
    すぐに電話した。
    20時開店で、ショータイムは21時半からとのことだった。
    ひとまず、隣のBARで一時間ほどすごし、再び20時開店と同時にシオンの娘に入店した。
    千石イエスさんの妻である現在85歳の女性も店の片隅に座っている。
    先程電話した相手は千石イエスさんの三女の方だったとのことで、わざわざ挨拶に来てくれた。
    他に千石イエスさんの二女の方も接客をしてくれた。
    年齢層も幅広く、80歳代から20歳代までの娘たちがいた。
    店内には、常に何組かの客がおり、とても賑わっている。
    気の向くまま、酒を飲み、たとえばこんなありきたりな質問をした。
    「千石イエスさんとはどんな方だったんですか?」
    すると、千石イエスさんを知っている娘たちは、口を揃えてこう答えた。
    「おっちゃんは聖書を体現して生きた人です」
    そう言われても、なかなかイメージできない。
    聖書を体現した者は文字通りイエスキリストしかいないからだ。
    イエスは最後磔になり肉体が死んでから魂が生き続けたのである。
    煙草を吸いながら、雑談をした。
    事件当時、毎日と産経がこの事件の見方で対立したらしく、毎日は好意的であり、産経は敵対的だったとのことだ。

    サンデー毎日誌のみはイエスの方舟を偏りなく評価し、冷静な報道を続けた。他のマスコミからは「方舟の宣伝誌」などと批判されたが、姿勢に変化は無かった。
    サンデー毎日は千石を匿うとともに、高木一を弁護士として依頼し、「千石イエス独占会見記」を掲載した。他のマスコミは一斉に反発した。
    事態はマスコミ戦争の事態に発展した。
    こうしたなかの7月2日、千石に逮捕状が出る。名誉毀損、暴力行為などの容疑で5人に対して全国に指名手配がなされた。千石は半月後に出頭した。彼への取調べは、任意調査にとどまり、書類送検されたものの翌年、容疑事実は無いとして不起訴処分の決定が下された。
    wikipediaイエスの方舟事件より引用



    「文学は好きですか?」
    定期的に、娘たちが入れ替わるシステムだが、キャバクラのように一杯千円の酒をねだる様な下品な事はしない。
    本当に、ただ、目を見ながら、心の交流のような、話をするだけだ。
    皆さん、本当に、優しい眼差しをしている。
    多分、私と同じ年頃の娘だったが、文学に関して詳しかった。
    太宰治や中原中也の話をしたりランボーやドストエフスキーの話をした。
    その流れで、友川カズキさんや三角みづ紀さんの話などもした。
    シオンの娘たちが、何時間かおきに、ショータイムをはじめる。
    流行の恋ダンスを踊ったり、カスタネットでフラメンコ風ダンスをしたり、ギターの弾き語りで藤圭子を歌う方もいたり、ピアノを弾いたり、85歳の奥さんもステージにあがり歌を披露してくれた。
    特に、奥さんが元気に歌う姿を見た時は、何だか感動した。
    ショータイムの合間には、私自身もステージにあがり、カラオケを何曲か熱唱した。
    前述の文学通の娘から、友川カズキさんの歌も勧められたが、こんな天国のような場所で友川さんの生き地獄のような歌はあわないと判断し丁重に断った。
    あっという間に、時間はすぎ、深夜1時頃閉店となった。
    20時から1時までおよそ5時間だった。
    娘たちの仕事時間と同じく、私も店で過ごした。
    とても楽しい濃密な時間だった。
    最後には、娘たちの姿を通し、最初の質問であった千石イエスさんがどういう人か自然とわかった気がする。
    千石イエスの肉体は死んだが魂(娘たち)が生き続けたのである。
    色々な場所で飲み歩いているが、これほど時間を忘れて、無心で飲んだ事はなかった。
    帰り、タクシーに乗り込み、運転手のおじさんと中州について話をした。
    運転手のおじさんはこう嘆いた。
    「今の中州はダメですね。ちゃんと話ができる女性がいない。教養のない女性ばかりで、つまらない店ばかりになった」
    だから、私は、こう言った。
    「どこの街でも同じようなものですね。だが、中州には、まだシオンの娘があるじゃないですか」
    すると、運転手は、ああとばかりに頷いた。
    「ええ、あそこだけは、特別です」





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    遠藤周作文学館を訪ねて

    長崎にある遠藤周作文学館に行ってきた。
    ちょうど最近まで『泥の河』を読んでいたこともあった。
    文学館は海沿いにあった。
    眺めが良かった。
    平日だったが来場者はぼちぼちいた。
    『沈黙』が谷崎潤一郎賞を受賞した際の選考委員であった三島由紀夫さんの選評が印象に残った。
    文学は問いである。
    答えはいらない。
    問いに、作者が答えたら。
    もう文学作品ではなくなる。
    三島さんは上記のような苦言を呈していた。
    それでも遠藤さんの問い詰めることへの情熱に敬意を表した、とのことだ。
    この時、最後まで『沈黙』と競り合ったのは野坂昭如さんの『エロ事師たち』であったとのことだ。
    三島さんはこのことにも触れている。
    もしエロ事師たちが受賞すればそれはそれでどうかと思うが、それでもこのような反社会的で不健全なものが最後まで文学賞の候補作として残ったことは、文学がまだ健全である、ということだろう。
    そういう主旨だった。
    現代は、健全であるが故に、不健全な人間たちで溢れている。
    文学の役割とは何だったのだろう。
    人間を排除し国家論理により洗脳じみた健全化を強いていく施政へのブレーキである。
    制度や道具に引きずられ自己を見失いがちな人間への視点の切り替え異端の価値観の提示である。
    そのようにして人間を人間たらしめるバランスをギリギリのところで保つ役割だった。
    しかし、文学は、この時くらいで、終わったのだろう。
    だから、三島さんは、死んでしまったのである。
    帰りは、佐世保まで行き、戦争の爪あとを見ながら、商店街を歩いた。
    現代とも、現代文学とも、相容れない。
    一種の侘しさを感じずにはいられない。




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    さらばパチンコ

    パチンコ屋の透明ガラスの外は晴天だった。
    私は潮時を感じていた。
    パチンコ屋の通路のベンチでは、どこにも居場所がないじいさんが虚ろな目で、タバコを吸っていた。
    じいさん、アンタ、そこで何をしているんだ?
    こんな晴れた日に。
    打ちもしないのに、パチンコ屋にやってきて。
    そこで何をしているんだ?
    私は、約20年以上、そしてここ半年ほどはパチンコに全精力を費やしてきた。
    何もかもを犠牲にしながら自分なりの探求をしていた。
    大方の目処がつき、やめることに決めた。
    じいさん、外でビールでも飲もうぜ。
    だが、じいさんは力なく笑うばかりで、一向に立ち上がろうとしなかった。

    さよなら。





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    座敷童子の思考

    数年前から座敷童子が住みついている。
    座敷童子がいる家は繁栄するらしいからそのままにしておいた。
    だが最近調子が悪いらしく毎夜私の枕元に立ち「死にたい死にたい」と念仏のように言う始末だ。
    だから私は「写経でもして心を休めたらどうだ」とアドバイスした。
    すると座敷童子は「イヤだ」と言う。
    「ならば旅にでも行ってくれば」と言うと、それも「イヤだ」と言う。
    「ならばどうしたいのか?」と問うと、「強いていえば死にたい」と答える。
    座敷童子の思考とは如何なるものであろうか。
    今のところどうしたらいいかわからず放置している。



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