森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    初めての占い

    ふと通りかかった町に占いの看板が出ていた。
    不意に、この先の人生でも占ってもらおうか、という気になった。
    エレベーターを上がり、店に入る。
    8人の占い師がいるらしく、ラブホのようにパネルをタッチして選ぶ方式だ。
    よくわからないから躊躇していると一人の男性占い師が出てきた。
    「今は私しかいないのですが」
    別に誰でもよかった。
    占い師に連れられて個室に入った。
    タロット占いの人であった。
    「何をお知りになりたいですか?」
    「うーん、何かな……」
    改めてそう聞かれると、特に何ということもない、悩みもあるようでない。
    しばし考えた。
    業を煮やした占い師が再度聞いてきた。
    「たとえば結婚とか仕事とか?」
    「そういうの特に興味ないし悩んでもいないんで……」
    沈黙が訪れた。
    占い師にすれば、こいつ何しに来たのだ、という感じだろう。
    「うーん、漠然とですが……この先の人生全般みたいなことを占えますか?」
    占い師は頷いた。
    それから氏名と誕生日を伝えた。
    占い師はタロットカードを繰り、裏返した。
    その中から、一枚、私に引かせた。
    そこから、占いがはじまった。
    タロット占いでは人生は22年周期であるとのことだ。
    結論から言うと、私は来年からはじまるこの後の22年でになるとのことだった。
    王というのは比喩なのだろうが、要は、有り余るほどの財を成し、全てにおいて成功する、とのことだった。
    「やっぱり、そうですか」
    特に驚きもしなかった。
    聞かなくてもわかっていた。
    「男性が占いに来ることは少ないです。男性が占いに来る時は人生の大きな分岐点なことが多いです。あなたは今まさに成功者への道を歩むスタートラインにつくようです。もちろん誰よりもあなた自身がそれをわかっていることでしょう。あなたは確認に来ただけでしょう。ただ一つだけ気になるカードが出ています。それは成功直前でのネガティブカードです。あなたはずっと王になる運命でありながら強引に避けてきたようです。仏陀にでもなるつもりですか。この意味をご自身でおわかりですか?」
    もちろんわかっていた。
    今まで私は成功者も金持ちも王も皇室も何もかも蔑んでいた。
    真の成功者はホームレスと思って生きてきたからだ。
    「わかっています。それが運命なら、これからは運命に逆らわず、有り余るほどの財を成し、成功し、私の財産を世の中に寄付します」
    最後に占い師は、こう言った。
    「是非そうしてください。あなたほどの才気溢れる幸運な運命の人はそういません。もう15年ほどタロット占いをしていますが、こんな素晴らしいカードが出たのは初めてです。勿体無いですよ。正攻法で成功します。もっとリアリストになっていいと思います」
    「わかりました。では、また、22年後に来ます」
    こうして初めての占いを終えた。




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    玉賊の心得

    9月は今のところ全戦全勝中である。
    しかしながら、勝てば官軍負ければ賊軍というが、おパチンコに関しては、勝っても負けても賊軍である。
    胸を張って名刺にパチプロ・椰子金と書いてもいいが、盗賊・椰子金と何も変わらない。
    宝くじを含めギャンブル全般は同じだが、要は、他の客(負け組)から胴元を通し合法的に金をかっぱらっているに過ぎない。
    我々は所詮山賊や海賊の類である玉賊である。
    ただ誰でもが賊になれるわけではない。
    賊の真似事をしてもほとんどの人間はお宝を頂戴できず返り討ちにあうだけなのだ。
    私はここにきて20年以上通いつめようやく玉のかっぱらい方がわかった。
    最近は新台メインに打っている。
    朝、コンビニで煙草と珈琲とサンドイッチを買い、バイクに跨りサンドイッチを食べ珈琲を飲む。
    それから店に行き、一服しつつ、ハンドルを握る。
    大型店の新台入れ替えには複数のプログループが押し寄せている。
    私は一匹狼のプロであり基本的にジグマスタイルの田山プロを意識しているから、玉賊は玉賊でも彼らとは種類の違う玉賊である。
    グループプロの連中にはどうにも賊としてのポリシーが欠如している。
    先日も隣の席で店員と貯玉を巡る口論や捻り打ちでの口論をやっていた。
    辟易しながらも我関せずと打ち続け日当を稼ぎ退散した。
    ああいう連中が集団で来ると釘も厳しくなるし雰囲気も悪くなる。
    我々は一般の客人の邪魔をしてはいけないのである。
    町があってこそ店があってこそ一般人である客(負け組)がいてこその賊稼業である。
    胴元の稼ぎのほんの一部を掠め盗る程度、建設業での一人親方程度の日当を稼げれば良い。
    決して表舞台に立ってはいけない。





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    投資家計画

    私は、実は、恥ずかしながら、投資家になる予定だ。
    今、勉強中である。
    現在、私にとって、村上といえば、村上世彰である。
    ベストセラーにもなった生涯投資家も拝読した。
    とりあえず月々3000円ずつ投資信託をしている。
    これは準備中という意味での個人的な投資家への道の証だ。
    計画では、42歳(今年12月)までに借金(約100万円)をおパチンコにより返済し終わる。
    そうして、1、2、3年かけて45歳の年に真っ当な投資家としての生活を開始するつもりでいる。
    ご存知のように、現在、私は、何の名刺も持っていない。
    だが、3年後には、投資家・椰子金と書かれた名刺を持てるまでになりたいと思っている。
    そのように生きていく所存だ。
    投資家になった後は、45歳から1年かけて、世界漫遊旅行に出かけるつもりでいる。
    そこで世界の国々をこの目で直に見ながら、世界経済はもとより各国の文化に触れ、さらに投資家としての礎にしたい。
    帰国後は、東京都港区の高層マンションに住むつもりでいる。
    愛車のハーレーでスポーツジムに通うつもりだ。
    代官山の蔦屋書店にも通うかもしれないし、やはりブックオフオンラインで済ますかもしれない。
    まだわからない。
    とにかく計画はここまでだ。
    恥ずかしながら、その後は、まだ、計画していない。



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    おパチンコで負けたお前へ

    今日もおパチンコで負けた。
    おパチンコ中の値動きは激しく乱高下を繰返した挙句すっからかんに負けた。
    最後の方は玉を購入しながらまるで倒産する会社の株式を購入するようなものだと思った。
    私が投資した会社は破産し私の投資金もろとも無くなったのだ。
    それでも私はおパチンコが好きだ。
    勝っても負けても、たとえ借金を作っても、こうして日がな一日おパチンコを打てた喜び!
    お前は知っているだろ?
    たとえ財布が空になっても心は満たされるものだ。
    おパチンコ屋というのは牧歌的であり、ふる里的である。
    じいさんばあさんは毎日通い公民館よろしく休み休み1パチを打ちながら談笑している。
    そうしながら、煙草を吸い、珈琲を飲み、ぼんやり玉の行方を追い、ほとんどが当たらないリーチアクションに一喜一憂する。
    みな一様に無表情だが心の内では喜怒哀楽が渦巻いている。
    隣のおっさんが座ってすぐにかかると悔しがり、後ろの兄ちゃんが怒って台を叩いたりすると宥めたり、横に綺麗な姉ちゃんが座るとそわそわしたりする。
    おパチンコ台という機械と相対していながら不思議なことだが、どんな場所よりも人間味が溢れている。
    おパチンコ屋に集う人々は悪いこともできない道徳的な心優しき子どものような人ばかりだ。
    だからお前はダメ人間ではない。
    パチンカスでもない。
    立派な戦士だ。
    負けてもいいのだ。
    命があればまた戦える。
    明日は明日の風が吹く。
    フィリピンからマッカッサーを追い出しても、数年後日本本土に支配者としてマッカッサーは帰ってきた。
    9回裏の逆転サヨラナホームランも枚挙に暇がないほどだ。
    勝負は終わってみないとわからない。
    戦況は目まぐるしく変わるものだ。
    今日負けても明日勝てばいいだけだ。
    勝負し続けるお前が好きだ。
    世の中の陰口や罵詈雑言に屈することなく、お前にもお前が好きになって欲しい。
    お前は何もせず人の陰口を言うような心の腐った人間ではない。
    高校球児がやっている甲子園なんかより、お前の人生を賭けたおパチンコの方が見応えがある。
    自らリスクを負い崖っぷちに実存を追い込むストイックなお前を、私は愛す。
    おパチンコに負けたからといって、さらには負けても通うからといって、世間はお前を依存症とか病気とか言うかもしれない。
    だが何も依存症とか病気というわけではない。
    簡単に言えば、ただ負けが込んだだけじゃないか。
    だからメソメソするな!
    明日勝てばいいじゃんか!
    うん、明日は勝てるよ。
    いや明日負けても明後日があるさ。
    いやいや明後日負けても明々後日があるじゃないか。
    なあ、お前、どこまでもやってやれよ。
    お前が諦めなければ、お前が死ぬまで勝敗はわからないんだから。
    だから、さあ、戦士よ、今日はゆっくりお休み。
    健闘を祈っているよ。
    Good Night.



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    おパチンコについて

    超能力者はいるのかいないのか。
    清田くんはエスパーなのか何なのか。
    最近1人自室でスプーン曲げをやっている。
    手を使わずに念力だけで曲げようと30分ほど力んでいるがうまくいかない。
    メンタリストDaigoのように力学的な知識と技術を覚えればできるのだろうがそれでは意味がない。
    このままでは一生かかっても曲がらないかもしれない。
    もしかすると明日ポキっと折れるかもしれない。
    それはそうと、パチンコをパチンコと呼び捨てで呼ぶから、パチンコを蔑み自分すら蔑んでしまうのである。
    パチンコ依存症の人も、迷惑を蒙っているその家族も、そうでない方も、騙されたと思って、これからは頭に「御」をつけて、「おパチンコ」と丁寧に呼んだ方がいいのである。
    言葉一つで現実は変わるのである。
    ちなみにパワースポットという和製英語を作ったのは、エスパー清田くんなのである。
    さて、その、おパチンコだが、おパチンコに行く人のほとんどは金を稼ぎに行っていないのである。
    私もその1人であるが、勝ちに行ったつもりが深層心理では、負けに行っていることが多々あることに気づいたのである。
    よくおパチンコ依存症の知人が悔しそうな素振りで、しかし、どこか楽しげな表情で、こんなことを言ってくる。
    「ケツの毛まで抜かれたよ」
    おパチンコは止め時により勝とうと思えば誰でも勝てるのにである。
    だから私が返す言葉は、当然こうなる。
    「そうか、負けに行ったんだな」
    それでも大体のおパチンコ依存症の知人は、ピンとこないらしく、私の言葉にキョトンとする。
    当人たちは気づいていないのだろう。
    全ての依存症に共通しているのは、勝つか負けるか、成功しているか失敗しているかだけではない。
    病識があるかないかが最大の分岐点なのである。
    勝とうと思えば勝てるものを負けるのだから、負けに行っていることを知れば、もう依存症ではなくなるのである。
    おパチンコに行く理由について、色々な人が、色々言うが、どれも間違っている。
    本当のところは無になりたいだけなのである。
    おパチンコ玉を見つめ無心になり、財布からなけなしの金が消えていくことで無一文になり、日常では味わえないそのような無の境地からおぼろげな有が湧き上がり、心の底に沈んでいた思考が眼前に現れるのである。
    ああ、人生って、何もないんだな。
    向上心やら安定性やら社会性やら全て吹き飛ばし、何もないという核心だけを持ち、とぼとぼ家路へと歩いていく。
    帰り着くと、藪から棒に、ヤケ酒やらヤケ自慰やらをし、さらに核心を深めるのである。
    そうして、最後、布団に入り、眠りにつく寸前に、こう思うのだ。
    それでも、生きよう。金はなくなっても、まだ命はある。
    だからしておパチンコ依存症対策はいつも見当違いなのである。
    誰だって負けたい時がある。
    無一文になりたい時がある。
    無から有を作り出したいのは、超能力者や芸術家だけではない、一般市民だって同じなのである。
    私たちは、金の為に生きてはいない、ただ生まれたから生きているのであるからして、このように、おパチンコによって、自己を超越するという行為を、一生涯繰返すのである。
    だから、おパチンコは、これから先も、存在し続けるのである。





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