森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    幸福の科学・幸福実現党について

    今度から、【雨時々大雨】と名付けて時評コラムみたいなものを書きたい。

    いつも空からは雨がふり、私たちは、その雨に濡れる。
    そういうイメージである。

    第一回目は、政教分離について書きたいと思う。
    幸福の科学が【幸福実現党】なる政党を発足させ、今度の衆院選に出馬表明した。
    私はこのニュースを見て、「とうとう来たか」と思った。
    日本国憲法に政教分離の基本概念があるのに、またである。
    それはやはり建前でしかないのだろうか。
    もうすでに公明党と名乗る創価学会の政党があり、与党として国の中枢に入っている。
    創価学会の前例がある以上、今回の幸福の科学に対して、公明党を含め与党が何かを言う立場にはない。
    必ず幸福実現党なる政党は議席を獲得するだろう。一般の有権者の支持を得られなくても幸福の科学の門徒が票を入れるだけで当選するのである。
    それは公明党で実証済みである。

    果たしてこれから日本の政治はどこに向かうのだろうか。

    国会が世襲制の問題でまごついている間に、それよりも政治を変える大きな事が起こっているというのに。
    しかし世襲議員も土俗の宗教のようだと言われたらそれまでだろう。
    やはりこの国の政治は民主主義を標榜した偽物である。
    ホンモノの民主主義とは何であるか。
    それはただのシステムの問題ではない。
    民主主義は自由意志ありきのシステムである。
    もともと自由意志を持たぬこの国の住民には理想にしかすぎないのだろう。
    日本人はそもそも民主主義なんて信じていないし、想像すらできないのではないだろうか。

    つまり、こういうことである。

    もし誰かが幸福の科学を責めたら、幸福の科学は創価学会を攻撃するだろう。そうして創価学会は最終的に天皇を槍玉にあげるのだろう。

    神道じゃないか、と。

    その指摘は間違いではない。そうしてその真実から目をそらしたらいけない。
    天皇の誕生には諸説あるが間違いないことは、私たちが住むこの日本という国では、今もなお天皇制が存在し、その下に成り立っている国ということである。私はひょんなことから国政モニターをしていて、毎月官報なるものが送られてくるが、その一番最後のページはいつも天皇家の行事や国事について割かれているのである。西暦600年頃の古事記や日本書紀の記述をそのまま信じると、それは2600年前から変わらない、この国の形である。
    それを良いとか悪いとかの判断はもはや無意味だと思う。
    日本の建国記念日は、今の時代でも、初代神武天皇の即位の日である2月11日である。そして、それは他の祝日と違うのである。現役の天皇誕生日と同じく、月曜日に変更して「3連休だ」などとできない、不可侵の祝日なのである。
    私たちにできることは、その事実を見つめ、もう一度この国の形を考えることだろう。
    (※誤解のないように付け加えておくが私は別に右翼とか天皇万歳派ではない。)

    今回の幸福の科学の行動は一体何を意味しているのだろう。
    どちらにしても国民は黙って見ているだけだろう。参政権だけでは排除できない構造の選挙システムの中で、指をくわえて見守ることしかできないのだろう。

    私は政教分離というよりも、一つの団体がその団体の数で国会議員を作り出すということに抵抗感を覚える。そのことが民主主義の定義に反しないといわれても、やはりおかしいという気持ちになる。だから世襲制も反対だし、宗教団体が政党を作ることにも反対である。また会社単位で自民党を応援するとか民主党を応援するとか、そういうことも反対である。

    馬鹿馬鹿しいと思う。

    民主主義とはシステムではなく精神性だと思う。
    自由意志のない中でシステムだけ構築しても仕方ないのである。

    だから参政権を有する国民は、どんな団体に属していようと、すべて自由意志で投票すべきである。
    特に意志がない人は団体員であろうと投票しないで欲しい。


    この国にまた一つ人口の雨が落ちてきた
    という話である。




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    Posted by 椰子金次郎 on  | 2 comments  0 trackback
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