マイペース・マイワールド

    心おもむくままに

    なくなって気づくことばかりだから

    この2010年もあと2日を残すのみで、終わりにさしかかった。
    あろうことか髪の毛がなくなった。
    僕の後頭部にはまるでミステリーサークルのように突如まさかの巨大円形脱毛症ができあがり、世の中何が起こるかわからないなと痛切に感じた次第だ。
    円形脱毛症という名前でありながら、もはやこれは円形ではなく、後頭部全体をアーチ状に脱毛している。例えるなら、バリカンで右耳の後ろからつむじの下辺りを通り左耳まで刈り取ったような状態だ。
    当然、周辺の髪の毛で隠すことも困難で、今僕は外に出るときは帽子を被っている。
    ここ1週間ほど抜け毛が多いなと感じていたものの後ろ髪を見るという習慣がなかった為、昨日気づいて、今日皮膚科に行ってきた。
    診察は3分で終わった。
    「ストレスが原因だと思うので、ストレス発散して下さい」
    医師の言葉はそれだけだ。あとはフルメタローションというステロイド剤をもらった。
    さっき風呂上りにそれを禿げた部分に塗りたくったところだ。

    隠すことではないので正直に言うと、実は円形脱毛症は3度目だ。

    一度目は小学校2年生の時、その時の原因はよくわからない。そんなに何かストレスがあったのか覚えがない。記憶にあるのは、僕が急に禿げたということで、母親がよくわからないなりに色々考えて、こんぶとかわかめとかの海草や、それらの粉末をかなりの量僕に食べさせたことくらいだ。それで髪の毛が生えたのかは疑わしいが、僕が今毛深いのは、そのことが原因だと思う。陰毛もクラスで一番初めに生えたくらいだ。
    もし何か原因をあげなくちゃいけないとしたら、1つ思い当たるのは、犬だ。犬を飼いたいと言った僕の言葉を聞いて、父が友人からダックスフンドを貰ってきたのだが(ミニチュアではなく本物のダックスフンドだ)、猟犬だから当たり前なのかそれがひどく暴れん坊で、適当に『タロウ』と名前を付けただけで、僕は怖くて近寄れず家に帰るのすら嫌になっていた。タロウは牙をむきだして吠えるからだ。だから散歩にも連れて行けない。ますます獰猛になる。自業自得なだけに、それが幼い僕にとってかなりのストレスだった。
    もう1つあげるとすれば、いつも一緒に遊んでいた近所の1つ年上のいとこがタクシーにひき殺されたことだろうか。詳しくは忘れたが、ちょうど停車していたタクシーの後ろにサッカーボールか何かが入り込み取ろうとしていたところを、タクシーが勢いよくバックしてきて、タイヤの下敷きになったと聞いたおぼろげな記憶がある。葬式も行ったはずだが、それすら記憶にない。
    まだ原因らしきものをあげるとすれば、両親の仲が不仲でいつもケンカしていたこと、同級生の好きな女の子に話しかけられないこととかもある。
    本当のところ何が原因か、全て原因なのかもしれないが、確かなことは、髪が抜けたことだけだ。
    その時はちょうど良く父の仕事の関係で引っ越すことになり転校した。新しい環境で次第に新しい友人もでき、精神的に安定したのか、いつのまにか髪の毛が生えていたという結末だった。その間、人並み以上にナルシスチックだった僕は禿げた頭を人に見せるのが嫌でずっと巨人の帽子か赤白帽を被っていて、小学校2年の終わりから3年の始めまでの写真は巨人の帽子と赤白帽姿ばかりだ。

    二度目は中学校1年の時、その原因は大体見当がつく。
    たぶん両親の離婚と、文化祭実行委員を任されたからだろう。
    両親の離婚自体はそんなに気にしてはいなかったが、同級生とかにそのことを言われるのが嫌だった。同級生の1人が悪気もなく「母親がいないんだって」と言っただけで、その同級生を殴ったりもした。これはこの前の同窓会であとから聞いた後日談だが、彼もちょうどその中学1年生の時に父親が若い女性と結婚したばかりだったこと、それで同じだと言いたかったことを知って、僕の早合点と人への不信感を改めて恥じ入った次第だ。
    文化祭実行委員に限っては、何故僕なのか腹ただしかった。その日ちょうど風邪か何かで休んでいたときに勝手に決められていたこともあって、担任の先生に抗議したが、「みんなが決めたことだし、私も貴方がいいと思う」って言葉を事なかれ主義の大人の逃げだと判断して、文化祭の会議にも一度もでなかった。そういう抵抗もある種の人にはカッコよく見えていたらしいが、かなりのストレスがあるものだ。個人的な精神的な戦いは、いつもそういうストレスとの戦いでもある。今思うと、文化祭ってアホらしいと思っていたけど、せっかく実行委員になったのだから、アホらしくない文化祭に変えられる可能性があったわけだから、もっと真剣に取り組めば、今の中学校の歴史も変えられたかもしれないと後悔していたりもする。考えすぎかもしれないけど、僕固有の反骨心と奇想天外なアイデアを同級生は日頃の会話や行動から見抜いていて、僕にそういうものを求めていたのかもしれないとも思うくらいだ。意識的でなく、潜在意識の領域かもしれないけど。
    ともかく僕は、そんなこんなで、禿げた。
    他に原因があるとすれば、その頃はもうみんな好きな子に好きと告白したりする同級生もいたのに、僕は何もできず遠くからたまにちら見するくらいしかできないことや、あとはファミコンゲームでは誰にも負けないと思っていたところで、同時に始めたファミコンのソフトを同級生の方が先にクリアしたこととか、そういうことが原因のなかに入るかもしれない。
    あと色々あったかもしれないが、忘れた。

    そうして3度目が、この22年後の現在だ。
    僕ももう35歳となり、一通りのストレスも味わい、苦汁をなめ、地べたにはいつくばって人並み以上に苦労して生きてきたつもりだが、何のことはない難なく、禿げた。
    今回が一番大きい禿げだ。
    医者に言わせると、5個くらいの円形脱毛症が繋がって大きくなっているとのことだ。
    ストレス発散を少しはしないとと嘆息されたほどだ。
    ということで、あまり意識していなかったが、今回の禿げは、今の僕のストレスは一体なんだろうと改めて考えるいい機会になった。
    数えればキリがない。年の数だけ抱えるものも増えていてどれがどれだかわからないくらいだが、じっくり考えてみる。
    1つは、母親のことだ。彼女がいつ死ぬかびくびくしている。肉親は娘以外、母しかいないからだ。娘はそのうちどこかの馬の骨に奪われることを思うとなおさらだ。しかし人間というのはそれだけじゃない。その反面、そうして母親がいることでの不自由もある。例えばこの前京都に転勤しないかと言われて、京都はいいなあと個人的に思ったのだが、母親の存在が頭をよぎり断ってしまった。表現活動をするには東京がいいなあと思ってもそう簡単に行けない。細かいことを言えば、目が見えず自分で外に出ないから、支払い関係やたまの病院への送り迎えをしている。一度施設に入れたほうがいいのではとケアマネさんに言われたが、本人が嫌がり、嫌がるのを見て僕も無理強いはしたくないからやめたという経緯がある。たぶん施設に入ったらすぐにボケて早く死ぬんじゃないだろうか。月に一度帰れば満足らしいから、どこに行ってもいいのだが、それに見合う稼ぎと休日がないと難しい。そういう優柔不断な僕故の自業自得のストレスもある。
    あとは娘の存在もなくてはならない存在だが、それだけにかなりの足かせになっている部分もある。前に4年くらい付き合ったある女性にそろそろ結婚でもと持ちかけられたが、素直の頷けなかったのは、娘がどう思うかを凄く気にしているからだ。うまく説明できるか、娘との仲に亀裂が入らないかと考えたら中々決断できず、一度結婚という考えがよぎった以上そのままダラダラ付き合うわけにもいかず別れるしかなかった。それから中々恋人を作ることができないでいる。本当は寂しい夜が多いのだが、遊び人のふりをして本気にならないふりをする。そんなことも処世術みたいに疲れる。これという人が現れたらいいのだが、現実はそうもいかない。僕がいいと思っても相手が嫌がるし、相手がいいいと思ってくれても僕がいいと思わない時もある。実は1人気になっている女性がいるのだが、ほぼ理想の相手なんだが、彼女には婚約者がいるというオチもあり、ますますストレスがたまる。ついでに言うと、去年のクリスマスにごたごたして一度だけベッドインした同じ会社の女性にも毎日のように会い、なおかつその女性が新しい恋人とのおのろけ話などが僕の耳に入ってくるという状況にも結構なストレスを感じている。
    あとは部屋だ。この部屋にも5年くらいいるが、『何故?』を始めてからは印刷関係のモノで埋め尽くされていて、センスのない印刷屋みたいになっていて時々ゲンナリするときがある。置けるところにモノを置くことしかできない1ルームの部屋の構造なので、効率よく『何故?』の作業をする環境でないことにストレスを感じるし、なによりプライベートなお洒落なインテリアを置けるスペースがない。基本洒落た人間だから、こういう野暮くさい部屋にいる自分が嫌になる。そうして引っ越そうかと考えながら、お金とか保証人とかの問題でなおざりにして踏み出せない不甲斐ない、そんな自分自身に嫌気がさすわけだ。
    あとは、そうだな、えーと、なかなか良い小説が書けないことがある。小さくまとまとめようとする小市民的な傾向がある。理想とするものを描けていないという苛立ちがある。
    電子書籍への焦りもある。
    印刷製本の数や質への自分自身の不満もある。もっと良いものをもっと大量に生産できる能力ある機械が欲しい。
    そんなこんなでお金がかかることが多すぎて先に進めない苛立ちからパチンコや宝くじに手を出すが、一向に儲からないばかりか、ますます窮地にたってしまう。
    そんなこんなで、禿げたのかもしれない。
    と、まあこれくらい考えて、こういうストレスの原因を、来年は一つ一つ解決していくつもりだ。
    まずは気分転換のために2部屋ある部屋に引っ越したい。
    それだけで、結構色々できることが増える気がする。
    とにかく早く毛が生えてきてほしい。
    解決しないことには毛先真っ暗だ。

    人間ってのはなくなって気づくことばかりだから、たまになくなるのも悪くない。
    来年は、禿からの出発だ。

    これが今年最後のブログになるかもしれないので、最後に皆様に。
    今年はありがとうございました。
    それでは。
    良いお年を!

    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback
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