想田和弘監督・ドキュメンタリー映画『精神』を観ての感想

    この映画は岡山県のコラールという精神科クリニック施設の観察映画だ。
    想田監督は、精神病と健常者(世間)の間にあるカーテンを取り除きたい、という気持ちでこの映画を作ったと言う。
    映画に登場するのは、精神病患者と現代の赤ひげのような70歳前後であろうと推測される山本医師である。
    まずはじめの感想は山本医師がすこぶる素晴らしい人物だということだった。
    山本医師は精神科医で開業医としてクリニックをやっているが、自身の給料は10万円だという。
    診察のシーンが約半分ほどを占める映画のなかで、他の多くの病院と違い、かなり長い時間を費やし患者の話を丁寧に聞いていた。
    患者たちは、この施設で、牛乳配達、調剤、調理などの仕事をしているのだが、コラール岡山というのは、松本医師の人格なくしては成り立たない場所であると感じた。
    患者たちは老若男女問わず山本医師を慕っているようだった。
    それだけでも最近の男性医師に女性患者が抱く陽性転移のごとき安易なものではなく人格的な魅力であることがわかるだろう。
    患者のなかで多分双極Ⅰ型障害(躁うつ病)と思われる中年男性が自身で創った写真詩をみなに見せているシーンがある。
    そのなかで山本医師の写真にそえた詩もあった。
    そこにこんな風な山本医師への想いを書いてある。
    「ダイヤモンドの原石を磨くために、ダイヤモンドよりも硬い石、意志、医師がいるのです。ありがとう」
    映画に登場する患者たちは、何十人もいる患者のなかで、映画に出ることを(つまり世間に顔をだし自身の病気を公開することに)同意した人々だ。
    そのなかの多分統合失調症もしくは解離性障害だと思われる中年男性患者の一人は何故映画に出ることを了承したのですかという試写会での質問でこんなことを言い絶句し涙を零す。
    「この映画はゲリラ戦です。圧倒的な戦力がある相手と戦うにはゲリラ戦しかありません。そういう気持ちで出ました」
    他に、私の記憶に鮮明に残ったのは、1歳の子どもを絞め殺したうつ病の母親だった。
    彼女はうつ病であったが、結婚し子どもを産んだ、しかし夫はトラックの運転手で夜いない、頻繁な夜泣きに耐えられず、思わず首を絞めていた。
    映画上映の当日まで彼女はこのインタビューを想田監督が映画の中に使っているか気になっていたとのことだ。ぎりぎりまで迷った末、映画館にタクシーで乗りつけ、監督にあのシーンを使ったことに怒っていたとのことだが、監督と監督の妻が「アメリカでの先行上映では、あなたの行動を責める人はいなかった。むしろ同情していたくらいでした」と告げられ、少し落ち着いたという。
    彼女はこういう意味のことを言う。
    「テレビニュースでも最近子どもを殺してしまった親が取り上げられます。メディアは必ず善と悪をはっきりさせたがります。メディアでない皆様が、どのような判断を下すのかは、世間の皆様にお任せします」
    彼女に心打たれたのは、殺人という罪を公表した勇気である。
    世間の目は厳しいが、だが中にはわかってくれる人もいる、それで救われたと言った。
    このシーンを見ながら、太宰治の小説のなかに、曳かれ者の小唄という言葉があったことをふと思い出した。どんな罪人にも一理の正しさがある、それを歌うのが小説家ではないかという意味だったと思う。
    この映画により重たいカーテンが開かれた(偏見が取り除かれた)のかどうかはわからない。
    ただ精神病について知らない人は是非とも一度観てもらいたい映画だ。
    またこの映画は優れた作品が常に決まってそうであるように、日本での評価より、海外での評価がすこぶる高いことも付け加えておきたい。

    第59回ベルリン国際映画祭 フォーラム部門正式招待作品
    釜山国際映画祭 - 最優秀ドキュメンタリー賞 (PIFF Mecenat Award)
    ドバイ国際映画祭 - 最優秀ドキュメンタリー賞
    マイアミ国際映画祭 - 審査員特別賞
    香港国際映画祭 - 優秀賞 (Outstanding Documentary Award)
    ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭 - 宗教を超えた審査員賞

    『精神』公式サイト
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