地底人になった浦島太郎

    先日、日本に住む地上人が多く見ていることで有名なyahooニュースに、地底人のヒントになるような記事があがっていた。

    ハダカデバネズミ、酸欠状態でも5時間生存 研究

    上記記事から引用すると、このネズミには、

    酸素が乏しい環境において体内の糖をエネルギーに代えるユニークな能力が備わっている


    とのことだった。
    関連記事を追うと、更に地底人を知る上で重要な記事を発見した。

    人類の長寿のカギはハダカデバネズミにあるかも 研究者が「謎の能力」に熱視線

    重要な部分だけ引用する。

    地中に穴をほって集団でくらす。


    体長10センチほどで、約30年生きます。この寿命は同じ大きさのネズミの10倍


    病気のがんにもきわめてなりにくいです。年をとっても体がおとろえるスピードがおそく、一生の8割の時間はしわができるなどの変化がみられません。



    椰子金は地底人に連れられて大きな城へ行った。
    「まさか、こんなことが」
    椰子金は幼少期から心の空に覆いかぶさっていた暗雲が消え去っていくのを感じた。
    「日本人が来たのは浦島太郎ちゃん以来だよ」
    地底人は竜宮城を前に驚く椰子金を見て楽しみながら言った。
    浦島太郎は海底火山の火口から地底へ行ったのだ。
    「竜宮城は海底でも宇宙でもなく地底だった!」
    椰子金にとって歴史的瞬間だった。
    浦島太郎の最大の謎は、日本人ならば皆幼少期から疑問を抱いている部分、地上と竜宮城との時間感覚の差異だ。
    その問いの答えとしてハダカデバネズミと浦島太郎と地底人とを考えあわせると全てに合点がいった。
    酸素が薄い地底では半冬眠状態になることにより細胞活動を最小限に止める。
    このことから、意識において時の流れが緩やかに感じられることになる。
    そのことにより、地上では数十年たっていても浦島太郎は竜宮城(地底)ではたった数日過ごしただけと感じたのだった。
    全ては、このハダカデバネズミ同様の能力によって!
    浦島太郎で大事な要素として何を連想するか、無論、亀であろう。
    亀とは、浦島太郎を竜宮城(地底)まで運んだとされる地底の使者である
    亀は、日本において、亀は万年という言葉があるくらい、長寿の象徴だ。
    長寿は、そのまま、地底人の特徴を指しているのである。
    次に気になる存在は、最後の最後に登場する、鶴だ。
    多くの日本人は不問に付しがちだが、浦島太郎は最後鶴になって飛んでいくのだ。
    そして、これまた、鶴は千年と言い、亀には敵わぬまでも長寿の象徴である。
    いわば浦島太郎は地底人には敵わぬまでもそれに近い長寿を獲得したのである。
    浦島太郎物語はそこで終わるが、鶴(浦島太郎)はその後、空を舞い、火口に入っていき、地底へ舞い戻ったはずである。
    もちろん浦島太郎だけではなく、古来から世界中で同じような伝承がある。
    その中で特に地底人を指し示しているとされているものが2つある。
    その1つは聖書外典におけるアルザルである。

    彼等は異邦人の群れを離れ、かつて人のやからが住んだ事の無い更に遠い地方へ行こうと相談した。
    それは自分の国では守っていなかった律法をそこで守る為であった。
    こうして彼等はユーフラテスの河の狭い径を入っていった。
    (中略)
    道程はその地方を通って1年半の遠さであった。
    その地域はアルザルと呼ばれる。
    第4エズラ書・第13章40~47節



    もう一つの記述はインド仏教におけるシャンバラである。

    古代よりチベットに伝わる地底王国「シャンバラ」なるものがあり、シャンバラについて最も体系的に書かれているのが、仏教の最終経典と呼ばれるチベット密教の『カーラチャクラ・タントラ』である。
    カーラチャクラ・タントラを説いたのは、釈迦だといわれている。



    近年世界各国でヨガが流行っていることに、かねてから不信感を持っていたが、ここにきてようやく意味がわかった。
    ヨガ流行の根底にあるのは、200万年前袂を分った地底人への憧憬なのである。
    何故ならば、このインドの修行法であるヨガは、呼吸をコントロールすることを主とする。
    ヨガにおける死体のポーズや、ヨガの変形である日本における座禅を見てもわかるように、ヨガの真意は、息をほぼ止める静止部分(半冬眠状態)にこそ核心があり、健康とかアンチエイジングに効果があると言われる所以の種明かしを言ってしまえば、呼吸を緩やかに止めることにより細胞活動を緩やかに止めることを意味し、いわば地上に居ながらにしてどうにか地底人と同じような生態を得ようとする(地底に住むことにより自然と半冬眠能力を得て長寿を獲得した地底人に近づこうとする)行為なのである。
    ここで、誰しもが疑問に思うだろう。
    上記、二大宗教の記述や日本における浦島太郎を見ればわかるように、古来地上人は確実に原始地底へ入っていき暮らしてきた枝分かれしたもう一つの人類の存在を知っていたのである。
    それなのに、何故、現代地上人は、地底についてこんなにも無知なのだろうか。
    ある時期までは、浦島太郎に見られるように、数は少なくとも地底人との交流は行われていたはずであるが、いつからか地底人と地上人は、完全に隔絶してしまっている。
    このことに関しては、ダライ・ラマ14世の意味深な発言がある。

    地図を広げてシャンバラを探しても見つけることはできない。
    それはカルマと徳の熟した者以外には見ることも訪れることもできない清浄な土地なのである。実在の清浄な土地であったとしても、通常の人が飛行機の切符を買ってたどり着くことはできない。
    もし将来、宇宙旅行の技術が発達して超高速飛行が可能になれば、あるいはそこに辿り着くこともできるかも知れない。
    だがその場合、その切符は高価なものになるだろう!
    実際にはその切符とは徳を積む行為のことだ。-ダライ・ラマ14世-



    確かにダライ・ラマ14世が言うように、浦島太郎は亀を助けるという徳を積んだから地底へ行くことができたのだった。
    地底人は、物思いに沈む椰子金の肩に手を置き、こう言った。

    「太郎ちゃんは地底から地上へ帰ったはいいが地上原理に幻滅したんよね。それで再び地底に戻ってきたんよ。まだ生きてるよ。どうだい、会いにいくかい?」



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