マイペース・マイワールド

    東南から来たはずだが、いつからか日本人。

    砂漠化する文学フリマの冷やかな闇ー牟礼鯨氏への理不尽な制裁ー

    文学フリマHPには、文学フリマの理念と目的として、このように明記されている。

    本イベントはプロ・アマ、あるいは個人・任意団体・法人といったあらゆる人の参加を認めています。そして、すべての参加者はあらゆる面で平等の立場であるというのが、「文学フリマ」という「場」の原則です。



    牟礼鯨氏は、1年以上の長きに渡り変質者の汚名を着せられ賛同者もない孤独な状態の中、実際は理念も糞もない文学フリマの闇を白日のもとに曝け出し真実を訴えながら、文学フリマ事務局の不正を糺すべく孤軍奮闘してきた。
    だが、暖簾に腕押しのような言論活動に疲れたのか、先日、戦いの最前線でもあった西瓜鯨油社ブログを閉鎖する旨を発表した。
    一方、私は、牟礼鯨氏への理不尽かつ不可解な事務局側の対応について違和感を覚えながらも、明言を避けていた。
    そもそも牟礼鯨氏と高村暦氏による男女間のトラブルが発端だったことから、「口出しするのは野暮だろう」という常識的な考えがあり、放っておくしかなかったのだ。

    私=鯨は現在文学フリマ・アライアンス主催の全てのイベントを出入り禁止となっている。文学フリマとは文学作品の即売会のことで、現在は東京、大阪、福岡など日本の諸都市で即売会を開催している。 この文学フリマへの出入り禁止措置は、鯨は文学フリマ・アライアンス全体のスタッフである高村暦の職場に近づいてはならないという警視庁の警告に基づいている。高村暦とは書籍工暦というサークルを率いている人物でかつて私=鯨と肉体関係があり、離別調停中に突如として発狂(知人からの伝聞)、まとまりつつあった離別話を全て帳消しにして文学フリマ金沢事務局や文学フリマ・アライアンスそして他の文芸系同人誌即売会のスタッフなどを巻き込んで鯨を文芸同人界隈から追放することを画策(知人からの伝 聞)、「鯨は高村暦のストーカー」をしているというストーリーを創作して警視庁にもちこみ(警察から事情聴取)、三鷹ストーカー殺人事件で「ストー カー」という言葉に敏感になっていた警視庁の警告を引き出して鯨を文学フリマから追放することに見事成功した烈女である。

    山崎拓・高村暦騒動についてより



    いずれほとぼりが冷めれば、出入り禁止処分も取り消されることだろう、と安易に考えていたところもある。
    しかしながら、予想に反し、あれからもう1年以上の月日が流れた。
    そうして牟礼鯨氏は、一向に何の動きもない文学フリマ側に絶望したのだろう、失意の中、西瓜鯨油社ブログを閉鎖する、と発表した。
    私は、この一報を聞き、かつて文学フリマへある種の熱意をもち参加していた一作家であり、誰よりも21世紀的文学生活者でありたいと願う人間として、このような事態(哀しき結末)になるまで静観していたこの1年余りの自らの態度を恥じた。
    そうして、文学フリマという催しの存在意義でもある一個人作家の言論を無視し続ける事務局側の冷たく理不尽な対応に、このまま何も自分の意見を明言せぬまま、何事もなかったかのように終焉させてはいけない、と思うに至った。
    もはやこれは文学の在り方の問題である。
    この問題が、記憶はもとより記録にも残らぬまま自然消滅的に消えていくのは、同時代の人間や事柄を記述し後世に伝える役目もある文学にとってあってはならないことだ。

    一人の参加者の全存在を懸けた悲痛なまでの訴えを黙殺して、このまま何もなかったかのように全国に文学フリマを拡大していくことが、文学にとって、本当に良いことなのだろうか?

    このままでは文学の聖地やオアシスなどではなく、日本全国に文学の砂漠化をもたらすのではなかろうか。
    そもそも作家は、徹頭徹尾、言論で勝負すべきである。
    警察や行政の思惑に擦り寄った時点で文学や言論は無に帰する。
    そのようにして出来上がったイベントで、どのようにして文学を表現できるだろう。
    それが文学というならば、ましてや作家というならば、その文学や作家に何の意味があるだろう。
    現実から目をそむけ、目の前の不正を見て見ぬふりして、作家以前にもはや人間として、何を語る資格があるだろう。
    どんな賢い人間にも間違いはある。
    昨日の間違いは今日正せばいい。
    明日を作るのは今日しかない。
    文学フリマが文学の御旗を掲げ全国に拡大していくのならば、事なかれ主義ではなく、体裁を整えることだけ考えるのではなく、それ以上に、文学精神を全国に浸透させるべく奮闘して欲しい、と切に願う。
    大きくなった文学フリマにふさわしい、大きく豊かな精神性をもった作家陣やスタッフ陣になってもらいたい、と切に願う。

    もういい加減、根拠の希薄な入場禁止処分は撤回すべきである!

    私は、自らの胸に何度も問い質した結果、何の得もない、むしろ不利益しかないのだが、しがない一個人に認められた表現の場であり私の唯一無二の言論の場であり私という生まれてただ死んでいくだけの一小市民の精神の記録でもある当ブログにおいて、自らの意思を表明する決意をした。
    言うまでもなく、この決断は、牟礼鯨氏の為というよりも、文学フリマの為であり、何よりかつて文学フリマへある種の熱意をもち参加していた一作家である私自身の文学の為である。


    永遠の文学青年たちに捧ぐ。



    文学とは人間愛である!目覚めよ!

    Posted by ポリネシアンハート on  | 0 comments  0 trackback

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