マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    天草周遊記〈序〉

    何を隠そう、熊本に来て、まずはじめに行きたかった場所は、天草だった。
    何故かというと、天草四郎がいるからだ。
    何故かわからぬが、小学生時代から、天草四郎が気になっていたのだった。
    16歳という若さでありながら、島原の乱において、隠れキリシタンや農民を引き連れ、当時の国家と相対した天草四郎は、真実と反逆の徒である九州人の憧れの象徴なのだった。
    九州には他に、日本最後の内戦を起こした西郷隆盛もいるが、顔が余りにも縄文人すぎて、私の好みではなかった。
    しかしながら、現在、あの西郷隆盛の顔は合成で、本当は美男子だったとのことだ。
    もしかしたら明治政府は、日本人が美男子に弱いことを知っており、あえて反逆の徒である西郷隆盛を、あんな原始人の末裔のような顔にして、後世に残したのかもしれない。
    「ねっ、反逆する人ってかっこ悪いでしょ?」
    このように、したたかに、国家安泰の道具に使用したのかもしれない。
    そう考えると、天皇制もさることながら、日本政府というものは、どこまでも人心を先導することに長けた、狡猾かつ理知的な一部の豪族集団なのであろう。
    日本の歴史を紐解くと、蘇我氏や藤原氏、現在では安部氏や小泉氏などなど、常にこの国は一部の豪族(家系)が支配する島国である。
    それはともかく、そんなこんなで、天草に行きたかったのだが、熊本地震錆助通報事件などが重なり、今まで後回しにしていた。
    どうにか身辺も落ち着いてきて、今回、ようやく、天草を一周してきた。
    よって、数回に渡るシリーズ連載として、この天草周遊記を、後から来る人々に書き残しておきたい、と思った所存である。


    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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