マイペース・マイワールド

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    天草周遊記1ー道の駅・宇土マリーナー

    天草に行くには、二通りの方法がある。
    一つは天草エアラインという飛行機に乗って直行する方法と、もう一つはバスなりクルマなりバイクで道の駅などに立ち寄りつつノンビリ向かう方法だ。
    飛行機は、伊丹空港、福岡空港、熊本空港から日に三便または二便ずつくらい出ている。
    片道運賃は、熊本空港からは約8000円、福岡空港からは1万3000円、伊丹空港からは1万7000円程度だ。
    飛行機はとにかく時間がなく早く天草だけに行きたい人向きだろう。
    熊本から20分、福岡から35分、伊丹から1時間25分程度である。
    今回、私は、当然ながら、道路で向かった。
    熊本市内から2時間半程度かかるが、道中には道の駅が点在し、その土地を知るには、この方がいい。
    天草は上天草市を経て、天草市(上島と下島)とに別れている島だが、橋がかかっており、クルマなりバイクでそのまま渡ることができる。
    ほぼ一本道で、まずは上天草に渡る前に、道の駅、海の駅、宇土マリーナがあった。

    道の駅らしい土産屋や食事処の奥に芝生が広がっており大きめの彫刻が置かれていた。
    どれどれと覗くと、4人の作者による、4点の彫刻作品があった。
    他3点は、高く大きく、見た目は立派だったが、イメージが通念と同じようなものでしかなく、いわばありきたりなものだった。
    だが、一点だけ、これはと思う作品があった。
    こういう場所での、こういう作品との出会いは、生涯忘れないだろう、という、あの例の感覚を齎してくれた。
    紛れも無く、深い人生観や人類思想から紡ぐ出した作品だ、と感心した。
    はじめ地震の影響で倒れたのかと思ったが、そうではなく、はじめからこのカタチだった。
    道の駅宇土どんぐり像
    そう、ドングリである。
    タイトルは、生まれかわり、とある。
    ドングリタイトル
    作者は、デール・ラダッツというアメリカ人らしい。
    原始を想い、今を思う。
    私も以前自著『超S宣言』で描いたが、デール・ラダッツも同じく、このことを狩猟採集時代の象徴であるドングリにより描いている。
    今も公園や森にあり続けるドングリは、人間であることを見失いがちな私たちに歴史の階段を下ることの意味を教えてくれる。
    今となってはドングリだけが今を生きる私たちに原始や祖先を思わせるモノである。
    他の人の目には、どのように映るかはわからないが、正しくそのような作品である。
    私は、これから、日本史に反逆の徒の住処だったと刻まれている、天草という地に赴くところだった。
    その前に、このような彫刻を見ることになり、当然、胸に迫るものがあった。

    一体、天草四郎とは何者だったのか。

    次に訪れた天草四郎の記念館で知ったのだが、天草四郎は一揆の直前まで、宇土に住んでおり、一揆後も、四郎の母と姉は、この宇土という土地に住んでいたところを熊本藩に捕らえられた、とのことだ。
    だとすれば、やはり、宇土マリーナに立ち寄り、『生まれかわり』という作品を見たことは、ただの偶然ではなかったのだろう。





    つづく。

    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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