【怪談】差し歯

    ようやく、5月に折れた前歯が入った。
    こんなものは型をとってすぐ入るものだろうと思っていたが、意外に時間がかかった。
    歯科医が言うには「まず折れた歯の周りの虫歯など治療して、それから歯を入れる」とのことだった。
    TV番組を見ていたら、たしかローラが「歯が汚いおじさんは嫌い」みたいなことを言っていたのを思い出した。
    それにもまして40にもなって歯痛でのたうちまわるのは情けないことだ。
    一念発起し、途中、金欠で一ヶ月程度行けない時もあったりしたが、ほぼ毎週通った。
    ほぼ虫歯だったせいで、約5ヶ月もかかってしまったのだ。
    ようやく、折れた方の上半分の治療がほぼ終わり、待ちに待った前歯が入ったわけだ。
    それでも不思議なもので、5ヶ月も前歯がない状態で生きていると、「これはこれで人間の顔として味があるな」と思い始めていた。
    多少、名残惜しい気がした。
    だが、前回のポエイチの際に、少しばかりの人の目に焼き付けたはずだ。
    それを心の拠り所に諦めるしかない。
    はじめての前歯の差し歯だったから、値段がわからずに不安だったが、この5ヶ月間、ほぼ1000円前後、多くても3000円前後の料金だったから、どこかで油断していた。
    「最近は歯医者も安くなったもんだ」と思っていた。
    しかし、さすがに差し歯は桁違いだった。
    なんと6500円もかかったのだ。
    思わず「えっ!」と叫んでしまった。
    とはいっても、もう歯は入った後だし、四の五の言っても仕方ない状況だった。
    決心して、財布を開き、全財産8000円の中から6500円という大金を払った。
    家に帰り、鏡の前でニッとした。
    歯はある。
    その後、いつものように、「いくらなんでも高いな、ぼったくられたのではないか」と被害妄想のようなものが湧いてきた。
    すぐさま、ネット検索した。
    差し歯自体は5000円程度するものらしかった。
    これでも保険範囲内の最低限らしい。
    保険適用外の良い歯になると、5万くらいから20万くらいまでのもあるそうだ。
    そういえば、先々月くらい、治療中、隣の席のじいさんが、1本5万程度の歯を4本入れる、というような景気のいい話をしていた。
    歯科医は「総額で20万5000円になりますが、端数の5000円は割引しておきます」なんぞと言っていた。
    ということは、今回なけなしの金をはたいて入れた私の歯なんぞは、じいさんの歯の割引分だ。
    歯医者にとっては、私の歯の料金など要らない金なのではないか。
    そう考えると、私にとっては、一大事であり、高額な支払いだったのだが、彼らにとっては叫び声をあげるほどの高額な金ではないのかもしれない。
    ただ、歯が入ったことは良かったが、あと10日程度、たったの1500円で生きることになったせいで、肝心の食べるものが何もない。
    恐ろしい話だ。




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