マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    ばってん荒川FOREVER

    何の因果かわからぬが、熊本に来て、熊本を見つめ、早1年。
    夏目漱石からはじまり、天草四郎を経て、今ようやく、ばってん荒川にたどり着いた。
    このブログを読んでくれている人ならわかるだろうが、まずはじめの段階で、「ばってん」の特異性に気づいてはいたのだ。
    だが、先入観というのは恐ろしいもので、それがただの方言だという先入観から、とても大事な要素、その方言を象徴する大事な人物を忘れていたのだった。
    文学の名に引きずられ、文学を過信した自分の節穴ぶりが情けなくなるが、夏目漱石などという熊本とは一切関係ない人物に惑わされ遠回りしてしまったのだ。
    1年という月日が巡るまで、熊本にとって一番大事な人物であるはずのばってん荒川を想起するには至らなかった。
    熊本県民の中には、熊本城を築城した明主・加藤清正がいる。
    更には、日本史はもとよりローマ法王までも知っている伝説の救世主・天草四郎がいる。
    そして、この『肥後にわか』という伝統喜劇を継承し熊本精神を笑いで表現し続けた男・ばってん荒川がいる。
    ばってん荒川を調べる過程で、『にわか芸』の本来の意味も知った。
    このことは、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時の高揚感にも似ている。
    吉本新喜劇は、大坂にわかであり、浅草軽演劇は江戸にわかである。
    私にとって、ばってん荒川は、アメリカ大陸であり、そこにあったのに気づくのが遅かっただけの、新大陸であり、新発見であり、大発見だった。
    そうはいっても、九州以外の人間の中には、ばってん荒川を知らない人もいるだろう。
    私も、恥ずかしながら、何となくしか知らなかった。
    見たことある程度だった。
    ばあさん(お米ばあさんというキャラ)の格好をしたおっさんという認識しかなかった。
    つまりは、今の今まで、ばってん荒川を、どこにでもいるただのローカルタレントと勘違いしていたのだ。
    では、ばってん荒川とは、何者なのだろう。
    結論を言うと、ばってん荒川は、熊本人そのものであり、いわば熊本精神の真の表現者だった。
    全国区のTVで活躍するウッチャンナンチャンの内村も熊本出身であるが、幼少期からばってん荒川を見てきたからだろう、憑依芸(キャラに扮するコント)というジャンルで、明らかにばってん荒川の影響下にある。
    また、ばってん荒川の弟子・ばってん城次は無論のこと、現在熊本を代表するものまねタレントであり名司会者である英太郎が今熊本で活躍できているのは、あくまでも熊本での芸能活動に固執し全国区という悪の枢軸に巻き込もうという勢力に断固として抵抗し熊本芸能を守り発展させたばってん荒川の「肥後にわか」を通した熊本への愛と努力の恩恵だろう。
    新しいところでは、2015年の紅白歌合戦に、熊本出身の島津亜矢が14年ぶりに出場した。
    歌ったのは、ばってん荒川から受け継いだ歌『帰らんちゃよか』だ。
    島津亜矢は他を寄せ付けぬ歌唱力と気迫で熱唱し、年末最後の話題をさらった。
    この『帰らんちゃよか』という歌には元々こういう経緯がある。

    1、元はフォークシンガー関島秀樹が1995年に作詞・作曲した「生きたらよか」という曲があった。

    2、ばってん荒川がそれを「帰らんちゃよか」とタイトルを変え、1996年にキングレコードからリリースした。

    3、後に島津亜矢が、ばってん荒川がこの曲を歌うのを聴き、感銘を受け、ばってん荒川に直接、「私にもこの曲を歌わせて下さい」と頼んだところ、「お前ならよかたい!大切に歌わなんぞ!」と快諾され、2004年にテイチクレコードからシングルとしてリリースした。

    4、その後、島津は「NHK歌謡コンサート」などの歌番組で度々この曲を歌い、2015年の紅白歌合戦にこの曲でばってん荒川の霊魂を背負い出場。熊本県人だけでなく全ての迷える子と親に感銘を与えたのだった。

    wikipedia「帰らんちゃよか」より抜粋編集



    関島氏の「生きたらよか」というタイトルでは重みがありすぎた。
    それを「帰らんちゃよか」に改題したところが、ばってん荒川の才能を如実に物語っている。
    島津亜矢の熱の入った歌い方の背景には、ただ故郷を離れ都会で夢を追い挫けそうになった自身と郷里の両親を重ね合わせたという事だけでなく、間違いなく、ばってん荒川の霊魂が乗りうつっているのだ。
    論より証拠である。
    ばってん荒川「帰らんちゃよか」と、島津亜矢が歌う「帰らんちゃよか」を聴き比べて頂きたい。
    下記の動画1で共演し、まずばってん荒川が歌い、その後島津亜矢が歌っている。
    だが、ここでの島津亜矢は、ばってん荒川の背後霊に気圧されているのか本調子ではない。
    だから、面倒だとは思うが、1の動画での、父と母を巧みに歌い分ける希代の肥後にわか芸人ばってん荒川の歌唱を見た後、動画2で、島津亜矢がばってん荒川を背負い魂を込め歌いあげる「帰らんちゃよか」を聴いて頂きたい!

    1


    2





    ばってん荒川死去から10年。
    熊本地震があり阿蘇山が噴火しても。
    ばってん荒川(お米ばあさん)が生きていたなら。
    きっと、こう言うことだろう。
    「心配せんでよか」
    と。
    そして。
    「帰らんちゃよか」
    と。




    Category : 熊本地震関連
    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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