マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    おっさん論

    憲法審議会での審議が再開されたとのことだ。
    目玉は九条や自衛権の拡張だと思うが、それとは別に人々の目をそちらに向けておいて言論の自由や情報統制への改悪をする兆候もあるから、検閲などの文言を削除しないかなど監視しておかないといけない。
    これから先、言論の自由が脅かされることになると、いよいよ私の身に危険が迫ることになるのだから、一大事である。
    そもそも憲法改正論者はGHQにより作られたお仕着せの憲法だというが、しかし、次の改正も、もともとは国際情勢の変化などにより、結局外交的な要因で、いわば外圧により変更を余儀なくされているのだから、とどのつまりは同じではあるまいか。
    わかりにくいだろうが、むしろ、それでも憲法を改正しない、固持する、ということで、今度こそ外圧に屈しないことを一国として主張できるのではなかろうか、とも思う。
    夏目漱石が明治時代に現代日本の開花で指摘している通り、所詮、憲法も、国家も、法も、秩序も、思想も、西洋からのお仕着せであり、日本人がやむにやまれぬ内側からの精神的な希求から欲した世界観ではないのだから、どこまでやっても結局矛盾や焦燥感や違和感など感じ続けるだろう。
    今さら着物を着たりちょんまげを結う必要はないが、日本人の精神性にあった新しき日本思想でもって日本という一国家を形成すべく努力を重ねた方がいいと思う。
    アメリカでのトランプ旋風やイギリスのEU脱退や日本国内での右傾化なども、その手の愛国的な現代の傾向は全てグローバリズムに対する一過性のバックラッシュに過ぎないだろう。
    どのみち行き着く先は地球国でありブレーキをかけながらでもその方向に進むだろう。
    タイムマシーンじゃあるまいし、あの頃は良かったとつまらぬ現実逃避から時計の針を戻してみても未来が過去になるわけでもないのだ。
    国家などという囲いを堅持していく必然性はもはや無いのだ。
    どうせ、いずれ、本格的な宇宙時代が到来し、100年~200年後には、国家という枠組みなど無くなるはずだ。

    それはともかく。

    初めて職場の飲み会に行った。
    30人ほどが座敷に集まる所謂宴会だが、ほとんどがおっさんだった。
    今までは本当に糞だなと思っていたが、今、真っ当な庶民を目指す私にとって、近くて遠い理想の存在形態が、おっさんだ。
    私は、笑顔で、おっさんたちと話した。
    だが、後半、仕事を休みがちな私にむかって、あろうことか説教をしてくるおっさんがいた。
    このへんが、おっさんの糞たる所以である。
    おっさんの説教にはこれまで散々腹が立ってきた。
    おっさんの説教というのは、ほとんどが自己弁護や自己欺瞞である。
    それなのに、おっさん本人は一向にそのことに気づかず、あたかも自身が人格者や思想家にでもなったつもりで、偉そうな口ぶりなのであるから、バカにも程があるだろう。
    週に一度は必ず飲みすぎで休む私に向かって説教をしてくるのだ。
    私は、バカでもわかるように、持論を展開したが、おっさんにはちんぷんかんぷんのようだった。
    そもそも多くの説教するおっさんたちは、思考の結果そのような思想を有したわけではなく、何も考えず、ただ教え込まれたことを常態化しているだけだ。
    だから、最後は、常識、という、あの決め台詞しか出てこないのだ。
    そもそも常識という概念を糞だと思い当の昔に捨て去った私だ。
    常識しかないおっさんたちとまじわることなどできるはずもなかった。
    宴会も終わりにさしかかり、私は、やはり、浮いた存在となっていた。
    だが今日は修行だと決めていた。
    二次会はカラオケだという。
    糞つまらないカラオケだろうが、それでもいいのだ。
    今の私には彼らに学ぶべきことが沢山あるはずだ。
    そう決めて、店の前で待っていたら、二人のおっさんが近づいてきた。
    「今から抜けて、一緒に飲みにいきましょう」
    「いや、私は皆さんと二次会に……」
    「二次会なんていいですよ。らしくないじゃないですか。どこかオススメの店に案内してくださいよ」
    私より年長の50代のおっさんたちの頼みだった。
    「じゃあ、行きますか。良さそうなスナックを見つけていたんですよ。入ったことはないですが、多分良い店です」
    それから、私は、おっさん二人を連れて、目をつけていたスナックに入った。
    「初めてのスナックになんて怖くて入ったことないですよ」
    おっさんというのは、極度に失敗を恐れる種族である。
    「私はよく入ります。外から見ただけで大体どんな店かわかりますから」
    私がそう言うと、おっさん二人は驚嘆し、ホステスの体を触りながら、上機嫌で飲み続けた。
    4時間ほどスナックにいたが、夜中の2時頃、閉店だという。
    実は財布には1000円しか入っていなかったのだが、そこに別の客として来ていたおっさんが私たちを気に入り料金を全額払ってくれるという奇跡がおきた。
    安心した私は、なけなしの1000円を、チップとしてホステスにあげることにした。
    「チップやばい、うれしい、ありがとう」
    ホステスは目を輝かせた。
    「少ないけど今日のお礼だ」
    これで私の株はグンとあがった。
    実際、何時間も居座り思う存分飲み食いした挙げ句、たった千円しか出していないが、人の印象というのは、そんなもんである。
    万札を出し、一万円単位で店に金を払ったどこかのおっさんより、千円の私の方がホステスからチヤホヤされた。
    閉店後、酔いつぶれたおっさん二人をタクシーに乗せ見送った。
    その後、鍵を閉めた店内でホステスたちと朝まで飲んだ。
    「今日は大変だったね」という話をしながら、おっさんの扱いにかけてはスペシャリストの彼女たちから色々とおっさん論というのを聞いた。
    「私もおっさんになれるだろうか」
    私が問うと、50代後半のスナックのママが、こう言った。
    「大丈夫、もうなってるわよ」









    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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