マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    誕生日プレゼント

    先日41になる誕生日を迎えた。
    40になった時ほどの思い入れや戸惑いもなく不意に忘れていたほどだった。
    そんな風に自分自身は忘れていたが、覚えてくれていた4人の人からのお祝いメールが来た。
    娘と、叔母のY子さん、マイミクのしんさん、そしてもう1人はUさんだった。
    それぞれ嬉しかったが、その中で、Uさんのメールには思わず涙が零れ心が震えた。
    Uさんとは、数年前、インターネットがまだ一種のサロンのような時代に知り合った。
    独特の世界観を持っている人だったから、以前何度か『何故?』に誘っていた人だった。
    小説を書いて欲しい、とお願いしていた。
    Uさんはそのたびに「挑戦してみます」と応えてくれていた。
    だが、一向に、その小説は届くことがなかった。
    彼曰く「日記やつぶやきとは違い小説を書くのは難しい」とのことだった。
    私は、数年前に『何故?』を休刊した。
    そんなことから、正直、Uさんの存在も記憶の片隅に忘れていた。
    私の誕生日を覚えていたことにも驚いたが、それよりも、そこに小説が添付されていたことに心を揺さぶられた。
    Uさんのメールには、こう書かれていた。

    誕生日おめでとうございます。
    お元気ですか?
    たまにブログを見ています。
    僕はずっとあの日の約束を守れなかったことを後悔してました。
    お会いしたことは一度しかありませんが優しくしてくださったことや、ネットであっても心を傾けて接してくれたことなど、何ひとつ忘れていません。
    『何故?』には間に合いませんでしたが、いつか必ず小説を書こうと思っていました。
    これは不特定多数の人に読まれたいものではありません。
    森井さんや、家族や、心配してくださったカウンセラーの方などにだけ読んで欲しいから、身近な人にだけ送りました。
    あの頃は、体力も気力もなく、何をするのも苦痛でした。
    森井さんは僕の言葉が好きだと言ってくれましたが、あれらの言葉は今思えば病気がもたらす命からの逃避だった気がしています。
    ずっと森井さんが、小説を書け、自分のことを書け、と仰っていた意味がようやくわかりました。
    書き上げた時、何かがスッと零れ落ちた気がしました。
    僕はずっと病気でした。
    病気がなおったから書けたのか、書いたから病気がなおったのかはわかりません。
    どちらにしろ、書きながら言葉につまった時、いつも森井さんの言葉を思い出し、書き進むことが出来ました。
    「自分の目に見えた人、家、町、学校、病院、職場、手で触れたもの、足で踏みしめた道だけを、そのまま自分の言葉で書け
    もう何年も連絡をしていませんでしたが、ずっと支えになってくれていました。
    今までありがとうございました。
    僕は今幸せです。
    森井さんも幸せになってください。
    近くにいようとも、たとえ離れていようとも、幸福を願っています。
    ハッピーバースデー。

    U・G




    最高の誕生日プレゼントだった。
    ありがとう。






    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    Leave a reply






    管理者にだけ表示を許可する

    Trackbacks

    trackbackURL:http://saydie.jp/tb.php/1090-91c8356b
    該当の記事は見つかりませんでした。