マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    はじめての菓子折り

    まず、この話をする前に、報告しておかないといけないだろう。
    夏に全手動洗濯機についてのブログ記事(全手動洗濯機ー洗濯機を持たない粋人の為の家での手洗い方法(手順書付き)ー)を書いたこともあり、驚かれる人もいると思う。
    実は、わたくし、1週間前に洗濯機を購入しました!
    それというのも、夏場は手洗い+手絞りで良かったのだが、冬になり全手動洗濯機では立ち行かない事態になったからだ。
    端的に言うと、日差しが弱まり手絞りでは乾かなくなった。
    せっかく苦労して洗った洗濯物を乾いたと思って取り込む、すると、常に、生乾きの匂いが漂うのだった。
    そこで、苦肉の策で、マイセカンドランドリーという小型の二層式洗濯機を購入した。
    現代人が通常使用している全自動洗濯機は最安値でも2万円はするが、この小型の二層式洗濯機は半額以下だ。
    二層式だから、洗い終わり排水、すすいで排水、そして最後に隣の脱水機に入れるという作業もあるし、小型だからあまり洗えず一日何度も洗濯しないといけない、という少々面倒くさいところはある。
    だが、なんといっても、ほぼ機械がやってくれるし、脱水機もついているから生乾きの心配はなくなった。
    この1週間、かなり楽しみながら、洗濯していた。
    そういうことで、今日は、いつものように飲みすぎで仕事を休んだこともあり、洗濯をはじめた。
    洗濯が終わり、注水しながらすすぎをしつつ、小説を書いていた。
    だが、集中してしまい、すすぎしていることを忘れてしまった。
    ふと思い出し、脱水をしようと洗濯機に近づいた。
    oh my god!
    なんと、水が溢れ出し、周りの床が水浸しになっていたのだった。
    一瞬動転したが、気を取り直し、慌てて洗濯前の衣類を床に撒き散らし水分を取り、床を拭く、という作業を開始した。
    10分くらいかかっただろうか、ようやくどうにか水気をとることができた。
    そうしたら、電話が鳴った。
    携帯画面を見ると不動産屋からだった。
    確か家賃は払っているはずだし、水道代も払っているし、バイクのことだろうか、何の用だろう、と思いながら、電話に出た。
    すると階下の人から水漏れの苦情がきたとの事だった。
    「ああ。マジすっか……」
    それから30分後、不動産屋が確認の為にやって来た。
    「こんな洗濯機はじめて見ました。面白いカタチですね」
    「特に面白くもありません。これしか買えないだけです」
    「原因は?」
    「ええ、洗濯は終わって、すすぎの工程をしてましたところ、これはマイセカンドランドリーユーザーでないとわかりにくいかもしれないですが、排水ホースを洗濯機にひっかけたままで注水していた為、水が溢れ出しました」
    「気づかなかったのですか?」
    「ええ、真っ当な庶民とは何であるかという小説書いてましたら、つい夢中になりまして、体はアパート意識は宇宙まで飛んでいってました」
    「なるほど。宇宙は広いからなかなか帰ってこれませんか。やはり作家さんは違いますね」
    「私は、ただの、真っ当な庶民です!」
    「まあまあ。ともかく、これからは気をつけてくださいね」
    そのようなやりとりをした後、保険請求の為だといい、写真を2.3枚撮って、不動産屋は帰っていった。
    その後、今年は本当ついてないと思いながら、わかばを吸っていたら、大事なことに気づいた。
    この局面で、真っ当な庶民ならば、階下の人に菓子折りでも持って、お詫びに行くべきだろう。
    1ルームの一人暮らし用のアパートだから近所付き合いなど皆無だ。
    なるべく付き合いたくもない。
    どんな人かも知らないし、知りたくもない。
    ましてや私のような得体の知れない何者でもない中年男が突然訪問などしたら、さぞかし驚き恐怖する可能性はある。
    だが、今は、そんなことを言っている場合ではあるまい。
    平身低頭、誠意を尽くし、たとえ罵倒され殴られても、もし望むならば土下座も厭わず、心からの謝罪をすべき時だ。
    それが、真っ当な庶民というものだ。
    そうと決まれば、善は急げ、だ。
    前回セカンドストリートでバイク用に購入したデニムonデニムという正装をし、私は、家を飛び出した。
    歩いて10分程の場所にある老夫婦が営んでいるこじんまりとした和菓子屋に行った。
    ここの饅頭はとても美味しいが、いつ見ても、あまり客が入っていない。
    私は、この饅頭を、より多くの人に食べてもらいたい。
    ずっと、そう思っていたが、その手段はなかった。
    しかし、ひょんなことから、今それが叶う時が訪れた。
    お詫びの菓子折りと、自分が食べる用に4個購入した。
    店主は1個饅頭をおまけしてくれた。
    その足で、そのまま、階下の部屋に行き、チャイムを鳴らした。
    一人の30歳前後の女性が出てきた。
    「本日は大変ご迷惑をおかけしました」
    治ったと思ったらまた頭頂部に大きめの円形脱毛症が2個も出来ているから、なるべくなら頭を下げたくはなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
    ハゲがばれてもいい覚悟で、私は、頭を下げた。
    「いえいえ、そんな大したことじゃないので。ただ風呂場にポタポタ程度でしたから」
    「そうですか、しかし、迷惑をかけたことには違いないんです。これは、お詫びのしるしです」
    私は菓子折りを差し出した。
    すると女性はなおも強固に頭をふった。
    そうして、あろうことか、ドアを閉める素振りをはじめた。
    「いえいえいえ、受け取れませんから。もうどうかお引取り下さい」
    そういってドアを閉めようとした。
    謝罪はさることながら、せっかくの饅頭を渡したい、老夫婦の為に、という気持ちが、もはや抑えきれない。
    ドアに足を挟みこみ、なおも食い下がった。
    「お詫びがいらないのはわかりました。こちらとしても、もうそれはいいです。ですが、せめてこれだけは受け取ってください。とても美味しい饅頭なんですよ。入りづらいですがすぐそこの老夫婦がやっている店の饅頭です。一度食べてみてください。食べたことありますか?ないでしょ?」
    女性は何故だか怯えた目をし泣きそうな声音で懇願してきた。
    「ありません……もういいですから……帰ってください」
    ここで引き下がるわけにはいかない。
    私は、ドアに挟みこんだ足を太ももまでねじ込み、負けじと懇願した。
    「せめてこれだけでも!」
    「わかりました!」
    女性はそう言って私の手から菓子折りを奪い取った。
    「ああ、良かった。もしお口にあいましたら、今後とも老夫婦の饅頭をお願いしますね。本日はありがとうございました。では失礼します」
    お詫びの菓子折りを、まさかこんなにも抵抗されるとは予想外だったが、とにかくこうして無事真っ当な庶民としての行為をやり遂げることができ、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。







    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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