2016大晦日の夜

    いよいよ大晦日である。
    とある知人がこう言った。
    「貴方は今年大殺界最後の年だったのよ」
    更に、その知人は、こう続けて言った。
    「来年から、つまり明日から、貴方には薔薇色の人生が待っているわ」
    おお、葉っぱ隊ではないが、やったやったやったったー♪
    しかしながら、こうして一年という区切りで人生を細断し我が身の上を振り返る心持とは何であろうか。
    毎年カレンダーを買い、1年のスケジュール手帳を購入する他人を見て、くだらないと思っていた昨日の私よサヨナラ。
    ああ、それこそ、逆に浅ましき西洋思想に洗脳されていた哀れなアジアの片隅の土人の卑屈さではなかろうか。
    本当は区切りなどない人生を一年ごとに区切ることにこそ、論理を超えた人類の叡智があるのではなかろうか。
    それこそ真っ当な庶民ではなかろうか。
    私は、最近、このように考える。
    老人を見れば認知症などというつまらない言葉に縛り、若者を見れば発達障害などとすぐに人をカテゴライズする。
    全てウソばかりだ。
    私はバカが何を言っても信じない。
    現代の風潮は合理性を重んじるが故に非合理に傾いている。
    目に見えるものだけを見ているつもりで何も見えていない。
    社会を住みよくしようとしているつもりで実際は生き難くしている。
    多様化とはそのままのごった煮であり日本固有の鍋文化のことだ。
    目を開けよう。
    たとえ私のルーツがポリネシアであろうと、古来どこから来た民族であろうと、逃れるようにこの島にたどり着き、決して短くない数千年の時を、身を寄せ合うように各地の罪人たちと共に逞しく生きてきた。
    各人が人種の坩堝である隠れ家的列島日本の私という日本人の象徴なのである。
    どうにか生きよう。
    ハゲて、金もなく、歯は抜け黄色く、オナラは臭く、小便を漏らす。
    何の取り得もなくとも、生きよう。
    大晦日がやってきたのだ。
    年越しそばを食べよう。
    日本酒を飲もう。
    八百万の神々よ。
    森羅万象よ。
    私の道を指し示せ。
    良いお年を!









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