2017元日

    まだ眠たかったが、朝8時に起き、部屋の窓という窓を全部開けた。
    やはり朝は寒かったが、それでも全裸になり、約30分間、ベランダ越しに外を眺めながら、寒風摩擦をした。
    それから熱湯につかった。
    風呂を出て、一通りストレッチをした。
    餅を2個ほどレンジでチンし、きなこ餅にして食べた。
    ジャージに着替え、ニット帽を被り、ジョギングシューズを履き、外に出た。
    初詣を兼ねて健軍神社まで走ることに決めていた。
    片道約10キロ程の道のりだったが、およそ1時間程度でたどり着いた。
    まずは参拝しようと思ったが、恐ろしく並んでいた。
    初詣で行儀良く直線的に並んでいる姿など見たことが無かったから、少し驚いてしまった。
    大分での初詣においては、我先にという気持ちのままに、自然の摂理のまま、もみくちゃになりながら、賽銭箱を楕円形に囲む、というカオスな参拝方式だった。
    土地土地により参拝方式も色々あるものだ。
    わざわざ並ぶのは阿呆らしいが、このままお参りせずに帰るのも阿呆らしい。
    私は思案した。
    そもそも賽銭箱に金を入れる必要はないだろう。
    願い事が叶った後のお礼というのが本来のあり方だ。
    ならばと、手を洗い、口を濯ぎ、境内の真ん中辺りに立ち、神をイメージし、空を見上げた。
    天に向かって、礼をし、手を合わせ、願い事をした。
    それから無料とのことでお神酒を貰いに行った。
    高校生のバイトだろうか初々しい雰囲気の可愛らしい巫女さんだ。
    巫女さんは憮然と立ち尽くす私に白い杯を手渡してくれた。
    そうして白い急須のようなもので酒を注いでくれた。
    1杯では足りずに、もう1杯、いや、もう4.5杯貰いたかったが、ぐっと耐えた。
    「どうもありがとう」
    そう言って杯を返すと、巫女さんは少しはにかんだ。
    屋台が並んでいる通りに向かった。
    熊本有数の初詣スポットでありながら片側にしか屋台がなく10軒あるかないかだった。
    大分での春日神社や護国神社や宇佐神宮などは、境内までの道の両脇に屋台が立ち並び、延々と続いていた。
    それを想像していたから当てが外れた。
    だが、よくよく考えると、元日に初詣に来たのは、もう何十年ぶりだった。
    家に帰り、調べてみると、哀しいかな、暴対法によってテキ屋も廃業に追い込まれていったそうだ。
    だとしたら、この寂しき様相は熊本だけの現象ではなく、いまや大分でも同じなのかもしれない。
    しかし、どう考えてもわからないのだが、彼らがヤクザだろうと何だろうと一体私たちに何の関係があるのだろうか。
    こういうこともそうなのだが、社会を良くするとして行う施策の多くが庶民に幸福感を与えることとイコールにならないのは、何故なのだろう。
    以前は、とうもろこし、イカ焼き、たこ焼き、りんご飴、フルーツ飴、くじ引き、綿菓子、お面、銀色のUFOのような風船などなど、同じようなものを売る屋台が3軒も4軒もあり、少なくとも30軒程度は立ち並んでいた。
    初詣は正月のお祭りで、私は、子どもの頃から、1年に1度、正月だけ食べられる風変わりな食べ物、実質は無いが魅力あるオモチャ、そんな屋台が楽しみだった。
    お面も風船も高く、全くもって実用性は無く1週間も持たなかった。
    だが、人生において大事なことは、そんな合理的思考ではない。
    何年もなかなか買ってくれなかったお面や風船を、ある年ひょんなことから買ってくれた時の、あの大いなる喜びは一生忘れないのだから。
    私は、結局、何も買わぬまま、帰りはゆっくり2時間以上かけて歩いて帰った。
    帰り道、暗くなった空には、三日月が浮かんでいた。
    三日月のすぐ横に一際輝く星があった。
    「確か一番明るく見えるのは金星だったよな」
    そう、もう一人の私と話をしながら。



    未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。
    ーサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』より














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