正月に帰省しない人の理由

    正月、多くの出稼ぎ労働者は、アパートからいなくなる。
    日本には、正月、実家に帰る、という風習があるからだ。
    とはいっても、私には、もはや、実家と呼べるものはない。
    だが、母は、まだ生きている。
    老人ホームに行こう、と思った。
    1時間ばかり面会して帰るだけだが、寝たきりの母は、私が来るのを楽しみにしているはずだ。
    それにもまして、他の部屋の老人にも「正月くらいは」と少なからず家族が面会に来るようだし、私が行かなければ、きっと寂しい思いをすることだろう。
    泊まるアテもなくホテル代もなく日帰りだが、それは私の勝手な都合で、誰の都合でもない。
    私は、レンタカーを借り、母が住む大分の老人ホームへ行くことにした。
    「ちょっと帰省してきます」
    朝、管理人に挨拶した。
    「ほんまごつ元日ずっと部屋にいたから家ないのかと思ったばってん」
    管理人のじいさんは微笑した。
    レンタカー店までの道すがら、パチンコ屋が目に入った。
    いっちょ稼いでからいくか、今年の運試しばい!
    しかし、正月は、釘を締めているからか、瞬く間に財布が空っぽになった。
    数時間後、とぼとぼ、アパートに戻った。
    「もう帰ってきたと?」
    管理人の爺さんは苦笑した。
    ヤケになりながら赤酒を飲み干した。
    こういう風に色々な事情で実家に帰れない日本人も多いだろう。
    それでも気持ちはまた別だ。
    気持ちを全て行動で表すなんてのは西洋人の傲慢さだ。
    人には言葉にも出来ない、行動にも表せない、本当の気持ちというものがあるのだ。
    噓だというなら自分の胸に手をあてて考えたらいい。
    本当は好きなのに好きだと言えない人だっている。
    本当は嫌いなのに愛想笑いする奴もいる。
    人を脅かしながらも本当は誰よりも優しく心で泣いているヤクザ者だっている。
    本当は走ってもいないのにジョギングしたというブログを書くやつだっている。
    世の中には色々な人間がいる。
    たいして人に言うほどのこともない、賞賛などとは縁遠い生活をしている人がほとんどだ。
    それでもいい、何もなくとも、自分が噓をついていることを認識できてさえいればいい。
    本当は、老人ホームの金を払っていないせいで、母に会いに行った際、施設の人に会わせる顔がなかっただけだ。
    それでも母に会いに行きたかった。
    毎日、日雇いの仕事がない日は、朝から晩まで飲んだくれ、見えない敵と戦っている。
    友を騙し、女を騙し、生活保護を受けるように、金をせびる。
    それでも、誰よりも、真っ当な庶民を目指している。
    それだけは、本当なのだ。



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