森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    浮世離れしたお金の本

    投資家になると決めてからお金に関する本を色々読んできた。
    だが、どれも、いまいち的外れなものが多い。
    まず年収300万でも大丈夫みたいな本が多数あるのだが、そもそもどこの誰が、そのような大金を稼いでいるのだろうか。
    想像するに、たぶん、年収300万というのは休まず毎日働いているような社会順応者の話ではなかろうか。
    それならば働いたらいいではないか。
    我々が、投資の本を読むのは、働くという選択肢を排除しているからなのに、完全なる本末転倒である。
    まずは働いて稼げ、そして、そこから、とか言う事で、そもそも自分の書いていることを否定しているのである。
    少なくとも私の周りにはそのような健康的な人間は1人もいない。
    AIで仕事が奪われるもクソもなく、もう既にほとんどの人間は、様々な理由から働いてもいない。
    大体の人は、何もせずに1日中布団でゴロゴロしている。
    そう考えると、年収300万稼げるような人間が、この日本にどれほどいるのだろうか。
    あと多いのが毎日500円玉貯金でコツコツみたいな本である。
    これもまたバカバカしい理想論である。
    500円しか入っていない(500円も入っていない事も多い)財布で500円貯金したら、0円になるではないか。
    もやしすら買えない。
    こういう現実離れしたことを平気で書く人たちは世間知らずも甚だしいのである。
    まずは現実的な問題として、働かずに年収100万を目指す為の財テク本が必要だろう。
    そこからどうやって資産家になるかを書かないと意味がないではないか。
    そのような本を書いてこその作家である。
    そのようなアイデアを発案してこそ本当の知性なのである。
    まずは働いて貯金してって、わざわざ本に書くことでも読むことでもない。
    バカでも思いつく。
    そもそも年収300万という大金を毎日働いて稼いでいるような人に、今さらお金の話などしなくていい。
    もう十分生活できる大金を手にしているのだから、そのまま働けばいいだけの話だ。
    そういう発想は宝くじで1等当てるというような類と同じような根拠のないサラリーマンの妄想なのである。
    我々は、もやし代、わかば代、ワンカップ代だけで、もう精一杯のスッカラカンなのだ。
    みな一様に年収100万円以内で生活しているのだ。
    そのような人がこの国には溢れているのである。
    これが、現実なのである。
    だからこそ、そのような大多数の人が、どうやったら年収100万に辿り着けるか。
    それから、欲張って、頑張って、どうにか夢の年収200万長者になれるか。
    もやしだけではなく、豆腐も買えるか、ミンチが買えるか。
    本というからには、そういう現実に思いを馳せて、もっと知恵を絞らないといけないのである。





    Posted by 椰子金次郎 on  | 0 comments  0 trackback

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