自称・森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド。我輩は我輩であるし我輩でしかない。超個人主義。宇宙よりも地底が先。

    「あけましておめでとう」も言えない元旦について

    本当は大人なら自分のその人への心象はともかく、少しでもお世話になっている人であるなら、ひとまず「あけましておめでとう」くらいは言うべきなのだろうが、そのあたりが子どもであるようで、言い方を変えれば潔癖なのか自分の心に噓をつくような言葉に躊躇いを覚えてしまい、どう考えても「あけましておめでとう」を言った方がいい場面であるのに、「あけましておめでとう」すら言えなかった。
    元旦に会ったのだから当然のように「あけましておめでとう」をすぐさま思い浮かべはしたが、ぐっと出かかった「あけましておめでとう」という言葉を口に発する寸前、その人との関係性において本当にちょっとした程度のわだかまりがあるくらいなのだが、これまでの出来事からその人への生理的抵抗感を覚えたし、毎年のことながら何がおめでたいのかわからない気もして、そんな気持ちで「あけましておめでとう」を言ったが最後嘘つきになってしまう気がしてしまい、そういう意味で「あけましておめでとう」に微かな気持ち悪さを感じ、喉もとまで出かかった「あけましておめでとう」の言葉をぐいっと飲み込み、何も言わずに半笑いの苦笑をしながら頭を下げ、その場からそそくさと立ち去ってしまった。
    この先も死ぬまで「あけましておめでとう」は言えないかもしれないが、お世話になっているのは間違いないから、いつか、ちゃんと、お礼をしようと思っている。
    正月早々、40の齢をすぎた大の大人が情けない話だが、本当の話だから、恥を忍んで書いた。



    Posted by 椰子金次郎 on  | 0 comments  0 trackback

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