自称・森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド。我輩は我輩であるし我輩でしかない。超個人主義。宇宙よりも地底が先。

    【決定版】寝屋川長女監禁(私宅監置)事件と国家の失政

    この事件の一報を聞いたときは、現代でも私宅監置が行われていたのかと愕然とした。

    私宅監置(したくかんち)とは。
    日本にかつて存在した精神障害者(当時は精神病者と呼んだ)に対する制度で、自宅の一室や物置小屋の一角などに専用の部屋を作り精神障害者を「監置」することである。1950年の精神衛生法施行にて禁止された。
    ーwikipedia私宅監置より



    その後、精神病院に行き、治療と称し薬漬けにする時代が到来したわけだが、このことについても様々な問題がある。
    精神科医療は、現代でも正しい道筋が分からない、袋小路のなかでもがき続けている。
    この事件はとかく親の異常性をクローズアップしているが、本当のところ、この両親含め家族に異常性は全くない。
    このような子どもを持った時に、どこの親がきちんとした対応ができるのだろうか。
    ほとんど皆無ではないかと思う。
    日本人の多くは精神病が何であるかを知らない。
    綿々と続く隔離政策の負の遺産である。
    国家が、精神疾患とは何であるかを広く国民に周知させていない。
    義務教育のカリキュラムに精神という科目を組み込んでいない。
    このような国策により親だけでなく周囲の人間なども精神病について思索した事がなく無知なのである。
    こういう風に両親を監禁せざるを得なかった状況に追い込んだ国家施策にこそ問題がある。
    仮に、病院に連れて行って入院なりさせたとしても、親ではなく、今度は病院(もしくは国家施策)が合法的に殺すことになっていたかもしれないのである。
    誰の周りにもいるだろう。
    命そのものでないとしても社会的に殺された精神病院通院者(薬漬けの人間)たちが。
    精神科医療を取り巻く現状は未だ哀しい。
    精神科医療は、何故かはわからぬが、人々に薬物を投与し、薬物依存の群れを作り出しながら、その後、離脱症状に苦しむ人に、そのことを告げないでいるのである。
    複数年の投薬後、断薬により、数週間から数年間精神病と同じ様な症状が表れるのだが、医師は薬物依存における離脱症状だと認知しながら、そのことに目を伏せ、患者当人は知識がなく精神病の再来かと思う、このような不安に付けこむように、再び精神病薬を投与し続けているのである。
    このことによって、患者当人は、永遠に精神病から逃れられないと勘違いしてしまうのだが、本当はただの覚せい剤でもお馴染みの断薬による離脱症状なのである。
    ここにこそ、この事件の根幹がある。
    異常に見えるがただ気弱でどう対処したらいいのかわからなかった両親の悲痛の叫び、自分の病が何なのか何故このようなことになったのかわからぬまま死んでいった長女の命を賭けた望み、自分の身(精神)を守る為泣く泣く傍観者であり続けながら最後の最後に通報を促した妹の姉と両親への最後の情愛。
    この家族は、ようやく世間(私たち)に、こう問いかけることができたのである。
    わたしたち(この家族)は、どうすれば良かったのでしょうか?
    この事件は、家族制度、精神科医療、そして国家施策という大きな枠組みの問題である。
    精神病とは何であるか。
    そんなものは有る様で無いものなのである。
    要は面倒な人間を排斥しているだけの話である。
    そうなる要因は、国家施策にある。
    つまり国家が、義務教育→高校→大学or専門学校or就職→結婚というレール(見えない足枷)を強いているから、このレールを外れるような一時的もしくは断続的(数週間から数年間)な錯乱や妄想や倦怠が家族にとってとてつもなく重荷になり、敏感な当人は無論世話をしなければいけない家族含め老若男女がみな発症するのである。
    さらに、この期に及んで一億総活躍社会とかクソバカなことを言うから、どう考えているのか、共稼ぎはおろか爺さん婆さんも家に居ない状態を更にエスカレートさせれば、仕事仕事で子どもの異変もくそもない、子や父や母が欝で寝込んだり、爺さん婆さんにわーわーと発狂したりされたら、面倒で仕方なくなり、どんな些細なことでも家族に構っていられなくなるだけなのであり、こんな政策を自信ありげに述べるお人は全てを手伝いさんや乳母のお世話になってきた家柄の良い人たちなのだろうか、私には理解できないが、ただただ益々聞いて呆れるしかないのである。
    庶民は、別に働きたいわけではないのである。
    自分の胸に手を当ててよく考えてみればわかるだろう。
    生活の為に、仕方なく、泣く泣く、人生を無駄にしながら、微々たるお給金を貰いながら、懸命に働いているのである。
    忙しくなればなるだけ、心を子どもにも、妻や夫、爺さん、婆さん、家族の誰にも向けられなくなる。
    それで昨今の家族のように顔も見たくないからスマホを見ているのである。
    わが子、妻、夫、じいさん、ばあさん、誰か仕事の邪魔になるようなことをしたら最後、あー明日も仕事なのに、またわけのわけのわからぬことを言い出したキチガイめ、と冷たくあしらうか暴力で押さえつけるのが、現代の家族なのである。
    このようなことは容易に想像がつくのである。
    もう仕事を、やめよ。
    国家は、そのように、政策の軸足を移せ。
    この事件の両親は、みなと同じ、常識的であり、世間で、仕事をしているからこそ、こんなことになったのである。
    さらには、少子化対策のバカらしさにもうんざりする。
    大体の人はみな子どもは好きだし欲しいのである。
    イヤなのは、子どもではなく、結婚や家族(死ぬまで一緒な妻や夫や舅や姑)なのである。
    要するに、結婚なしに子どもを増やす制度を導入すればいいだけの話なのである。
    ということで、まず第一に撤廃すべきなのは、家族制度、婚姻制度なのは明白なのである。
    クビの皮一枚つながっているだけの家族機能をいつまでもいびつな形で継続させるから、人が病むのである。
    今日の精神疾患を作り上げているのは、国家の怠慢である。
    ついでながら昨今流行の発達障害も同じである。
    国家としての責任回避から、一個人の先天性の病とするなど暴君の所業なのである。
    発達障害が増えた要因は、一つには、上述したように、共稼ぎ、爺さん婆さんすら家にいない状況で、子どもの心に寄り添う人間が一人もいないからなのである。
    もう一つは、国政の失敗である。
    ゆとり教育で個性も伸ばせず、ただただ不器用な人間を大量生産しておいて「ああ、もう、発達障害ということで!」と半ば自棄になり精神病院に丸投げし文科省(国家)は知らん顔なのである。
    私は、今年、数編の中編小説を書こうと考えているのであるが、その一つに上記テーマもある。
    余談ではあるが、ついでだから、少しだけ、あらすじを話すとしよう。
    発達障害と認定されたゆとり世代の人々が、文科省相手に集団訴訟を起こすのである。
    無論、精神病院や厚労省なども巻き込み、共稼ぎの父や母も仕事を休んだり休めなかったり、警備員の仕事をしている爺さんも「わしも仕事」、清掃の仕事をしている婆さんも「うちも仕事」と、家族のほとんどが出廷したり出廷しなかったり、挙句の果てには、LINEか何かで今日は行けないゴメンなどと弁護士に可愛らしいスタンプを送りつけドタキャン、てんやわんやの大合戦が巻き起こるのである。
    乞う、ご期待!
    話を戻そう。
    事件や現象、全てを一個人の責任とし、無知蒙昧だが悪意のない一般市民に無実の罪を被せて、素知らぬ顔で旧時代の価値観のまま突き進もうとする国家とは何なのであろうか?
    今回の事件も含め、全てがこうなのである。
    自国民に痛みばかり負わせ、思いやりがないのである。
    明治維新からこのかた内政が欠如しているのである。
    明治からこのかた西欧列強に追いつけ追い越せと掛け声ばかりで、まるで幼稚園の運動会のような国家なのである。
    政治を外交と経済としか考えず、平民はお国の為に病んで死ね、と百年以上ずっと言うばかりなのである。
    この事件は、彼ら哀れな家族の一世一代の問いかけであり、国家及び国民への嘆願書なのである。
    国家及び国民は、誠意を持って、受け取り給へ。
    一億総精神障害者となる前に、全ての構造を再編せよ。
    彼らは、国家を信じず、国家施策(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)を信じず、とうの昔に障害者手帳をもらい年金も受給できる状態なのに(多分)国から金を貰う事も一切なく、自分たち家族の問題として徹頭徹尾処理しようとし続けたのである。
    この事件に対して、この家族を責めることは、誰にもできない。
    では、どうすれば良いのかを何も提示していないで、彼らを裁くのは本末転倒な話である。
    これもまた噓の上塗りばかりのその場しのぎの国家(施策)が引き起こした大罪なのである。
    そもそも日本の家族制度は当の昔に崩壊しているからこそ、現代日本の凶悪事件は、ほぼ家族にまつわる事件なのである。
    家族はあてにできないのなら、では、誰が、その子の精神をじっと見つめるのだろうか。
    私は、冗談半分で、数日間かけて、このブログを書いたわけではない。
    人間と精神と精神病に関して、より深い知識を得て欲しいのである。
    その為に、私は、数年前に下記書物を書き著したのである。
    是非、ご拝読頂きたい。
    まずは、ここから始めようではないか!
    プレイボール!
    ンウーーーン!






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