マイペース・マイワールド

    東南から来たはずだが、いつからか日本人。

    文学フリマ外伝ー浅草ホッピー通りの居酒屋にてー

    聖者を出て浜松町駅に戻ってきた。
    さて、これから、どうするか。
    大森の元祖ガールバーに行くか、それとも浅草のホッピー通りの居酒屋に行くか迷いつつ、結局地下鉄で浅草に向かった。
    全く知らない土地で顔なじみといえば飲み屋くらいしかない。
    浅草のホッピー通りのこの店は『何故?六号』の頃だから、かれこれ2年前に遡る。
    蔵前のウィクリーマンションに3日間滞在した時に毎夜訪れた。
    その時の1日は上村くんと、その次の文学フリマの時もLOVEさんを連れて昼間から飲ませてもらった。
    久しぶりに店の女将や常連の浅草の人と話しをしようと思いつつ、浅草寺の仲見世通りを抜け、小道に入り店内を覗くと、カウンターの中に中年の男性が立っている。
    あれ?・・・
    店名も店の外装も内装も全く同じなのだが、中の人が違う・・・。
    一度通り過ぎ、頭の中を整理してみた。
    よくわからないが、ここまで来たのだし、せっかくだから聞いてみようと店内に入ってみた。
    「人が違うようだけど?・・・お母さんは?」
    カウンターの大将は何やら忙しそうだったから店内にいた従業員風の若い男性(あとから聞いたら二十歳だった)に聞いた。
    「ええ、実は、おばあちゃん、去年の九月に倒れまして・・・まだ意識も戻っていないんですよ・・・」
    「えっ・・・」
    すっかり気が動転してしまって、とりあえず「じゃあ一杯だけ」とカウンターの一番奥の席に座り、ビールを頼んだ。
    「いや、そうか・・・たしか俺が最後に来たのは、去年の五月だったから、その後すぐか・・・何だか申し訳ない」
    昨夜は『何故?』の皆との別れがあり、今日は今日で不意のことに、思わず涙がこみ上げそうになった。
    「何度か来て、よくしてもらったから。ちょっと遅かったね」
    「今、店をやっているのが女将の息子で、ぼくはその息子なんで、あなたが知っているのはぼくの祖母です」
    「おばあちゃん何歳だったの?」
    「69歳です」
    何だかショックで、よく酔えなかった。
    色々なことが変化しているんだなと何となく感じながら、最後閉店までその息子さんとお孫さんと、浅草のことや、店のことや、女将さんの話をした。
    「あの常連の人は?」
    「今日は、おとりさま、だからね。屋台をだしてて忙しいんだ。明日は来ると思うよ」
    今年は酉の市が二回あって、ちょうど11月20日は二回目の酉の市だった。
    俺はポケットから大分名物〈かぼすキャラメル〉を箱ごと大将に渡した。
    「明日来たら、これを渡してくれないかな。これでわかると思うから。あと、もし意識が戻ったら、お母さんにも」
    それから蒲田へ戻り、東口に出た。
    昨夜少しだけ話した呼び込みの中国人女性に「少しだけ寝かせてくれ」と財布の中の小銭を全部渡して、朝の五時まで寝た。
    それから羽田に向かい、始発便で大分に帰ってきた。
    その日の夜から仕事で、何かとドタバタした文学フリマ後の足跡だったが、良いことも悪いこともありながら、色々な場所で、それぞれのジャンルで、精一杯生きている人たちと接し、色々な刺激を受けた数日間だった。

    Posted by ポリネシアンハート on  | 2 comments  0 trackback

    2 Comments

    Love says...""
    こんばんは。 やっとコメント。
    そっかぁー、おかあさん、倒れちゃったんだ…、
    元気になって、また笑顔見せてくれたらいいけど。

    お孫さん、留守番してるんですね、頼もしいよね。
    2012.11.28 20:49 | URL | #- [edit]
    森井聖大 says..."Re: タイトルなし"
    LOVEさんへ

    そうなんです。
    かなりショックでした。
    なかなか難しいだろうけど、そう願ってます。
    本当に諸行無常ですね。

    2012.11.28 23:21 | URL | #- [edit]

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