マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    映画『アントキノイノチ』を観た感想

    『アントキノイノチ』という映画をDVDで観た。
    主人公の青年と主人公の女性は共に20代前半で、二人が出会ったのは遺品整理業という仕事だ。
    孤独死を遂げた人の死後、疎遠な家族や(たぶん自治体など)から
    「死者の部屋を片付けてくれ」
    といわれ、その家の家具や持ち物を整理し、綺麗にして、部屋を明け渡すという、引越し業者の変形みたいな仕事だ。
    主人公の青年は、高校時代の同級生の死と、様々な陰湿ないじめ、母親が不倫し家出したことでの両親の離婚などにより、躁鬱病になり、社会復帰のはじめの仕事として、遺品整理業の職につく。
    主人公の女性は、高校時代、学祭の実行委員をしていたある日、準備で夜遅くなり、同級生の男子にレイプされ、一度の性交で子を宿し、その後、母とともにその男子の家にいくと、
    「アンタがたぶらかしたんでしょ。知らないわよ」
    と相手の両親に売女扱いされ罵られ、傷つき、リストカットを繰り返すようになり、男性恐怖症になり、一人でも産もうと決意していたが流産してしまい、その死の代償のように遺品整理業の職についていた。
    死者の思い出の品と、ゴミとをわける作業で、疎遠な家族に遺品を届けるも、ほとんどの家族から、
    「関係ない。いらない」
    と言われる。
    母子家庭の若い母親が男に会いに行くために、まだ1歳と3歳の子どもを部屋に閉じ込め、子どもが餓死した家の子どもの洋服の片づけをしながら、主人公の女性は嘔吐する。
    ある老女は主人公の青年の母と同じように浮気のすえ家族を捨て最後は一人で死んだのだが、遺品整理の際、子どもへ書き綴ってはいたがついぞ送ることができなかった手紙が山ほどあるのを見つけた青年は、その手紙を、老女が十数年前に捨てた子どもである今や30過ぎの娘へ、上司の
    「やめておけ」
    という言葉をふりきって、届けに行った。
    「もう関係ありません」
    と死者の娘は頑なに拒む。
    青年は自分と重ねあわせ、
    「関係あるんだよ!関係ないって言ったら、終わっちゃうんだよ、自分の人生もなくなるんだよ!」
    と手紙を玄関先に置いて帰る。
    その後、もう死ぬ間際の自分の母親が暮らすサナトリウムへ、青年は憑き物がとれたように
    「母さん、大丈夫?」
    と会いに行くことになる。
    遺品整理業という仕事が、『命』と『家族』の意味をつなぎ合わせる。
    主人公の躁うつ病の青年と主人公のリストカッターの女性は同志意識と恋心との中間でお互いを意識する。
    最後まで恋の手前のその状態で終わった気がする。
    この映画で一番のシーンは二人で観覧車に乗った場面だ。
    主人公の女性が眼下の街を見下ろし、
    「わたし、みんなに言いたいことがある。なんだかわからないけど、言いたいことがあるの」
    と言った時、主人公の青年が突然立ち上がり、
    「あー!おー!」
    と悲痛な叫びを街に投げかける。
    それは無論ヤッホーなんかではなく、明らかに悲痛な叫びだ。
    何か言いたいけど、何かはわからない、だけど叫びたいんだ、そんな叫びだ。
    みな誰しも、叫びたくなる時があるんじゃないかと思う。
    部屋のなかで叫んだら気違い扱いされる世の中だが、たまに部屋の中でも、仕事場でも、あるいは学校でも、誰もが叫びたい衝動に駆られる時があるだろう。
    その部分を、主人公の悲痛な叫び声は、とても良く表現していたと思う。
    最後は蛇足な部分があるが、それでも、これはとても現代的な話で、おれは好きだ。
    最近、たまに思うが、製作者の言わんとしていることを感じることが、小説なり映画なり演劇なりの見方だという風潮があって、それは多分学校教育での「この作品で、作者の言いたいことを150字以内で述べよ」というわけのわからない問題のせいだろう。
    しかし、どの映画も、小説も、演劇も、あるいは恋人や友人、何であっても、その人の想い以上に、見る側の経験や体験や心の深さなどから、製作者より観客や読者であるこちらの方が深く感じ取る場合もあることを知ってほしいし、本当はそれが、人がつくったものを見るときの当たり前の姿だと思う。
    だから、もしかして、本当は原作のさだまさしもこの映画の監督も、おれが思っていることと全く違うことや、それより浅い部分での命や家族の意味だったり、やはりもっと奥深いものなのかもしれないが、そんなことは正直どうでもいい。
    リズール(精読者)というのは、見た作品と自分の読解力とで、再度構築された世界観で、その作品以上の意味を自分に引き寄せて見出すものを指すのではないだろうか。
    それを喚起さえさせてくれれば、芸術的でなくとも、新しくなくとも、全て名作だ。

    ※これは泣ける映画だから、是非、穢れた心で生きているきみのような人は観たほうがいい。

    Category : 読書・映画
    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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