マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    小柳日向との会合 その6-2 -人食いー

    「ラストオーダーになります」
    21時を少し回った頃、店員がVIPルームに入ってきた。
    おれは玉子焼きを頼んだ。
    玉子焼きが嫌いな人間はいないだろうという勝手な思い込みだったが、小柳日向は
    「わたし玉子焼き、嫌いです」
    と言った。
    「えっ?なんで?」
    「卵を焼くのは残酷な気がして。赤ちゃん焼いて食べてるみたいです」
    しかしおれは玉子焼きが好きなので構わず頼んだ。
    「きみも何か最後に頼みなさい」
    そう言うと、迷うことなく小柳日向は
    「じゃあカラメルプリンください」
    と注文した。
    「卵入ってるじゃないか」
    「焼くのとは意味が違います。焼くって野蛮です」
    「そっか人間は野蛮か。人間しか焼かないのだからな」
    しばらくして玉子焼きとカラメルプリンがVIPルームに運ばれてくる。
    「なんでカラメルプリンなんだい?」
    おれが聞くと、小柳日向は美味しそうにプリンを食べながら、こう言った。
    「だって記憶から消したい嫌な1日でも、最後に甘くて美味しいもの食べたら全部忘れられるから」
    おれは若干ショックだった。
    楽しい1日だと思っていたのはおれだけだったのだ。
    不意に、今だ!食いちぎれ!食いちぎれ!と部屋のカラオケスピーカーから微かに誰かの声が聞こえてきた。
    の声だ。
    が食いちぎれと言っているのだ。
    「何か声が聞こえないか?」
    カラメルプリンを食べ終わった小柳日向に聞く。
    「ええ、聴こえます。でも食いちぎったところで何も変わりませんよ」
    小柳日向はクールかつドライに答える。




    「全部、が悪い」
    「どうでしょう。わたしは人を善悪や好き嫌いで判断しないからわかりません。ただ…」
    おれは玉子焼きを頬張る。
    ダシ巻き卵と書いてあったが、あまりにも味が薄いからマヨネーズをかけてごまかしている、ただの玉子焼きだった。
    「おじさんでセクハラする人は嫌いです」
    それはまさに全裸になったおれへの当てつけの言葉ともとれる。
    「全裸はセクハラか」
    「どうでしょう」
    は言葉の暴力だ」
    「どうでしょう」
    おれは小柳日向が残した梅酒をひったくり一気飲みする。
    「今日は良い1日だった」
    「ええカラメルプリンで全て帳消しです。最後に約束してくれますか?」
    「えっ?なにを?」
    「今日のこと、きっとブログに書くのでしょうが、嘘だけは書かないでくださいね」
    「当然だ。おれは私小説作家だ、嘘は書きたくても書けない。安心してくれ」
    「ありがとうございます」
    おれは服を着た。
    そうして衝動に駆られるように、小柳日向を食いちぎり、飲み込んだ。
    満腹になったおれはコールボタンを押した。
    黒ぶちメガネの北九州書房の増田原樹に似た小太りの店員がやってきた。
    「あれ、お連れの方は?」
    「先に帰った。会計をしてくれ」
    そうしておれは店を出て博多駅へ向かう。
    後ろから居酒屋の増田が息をきらして追いかけてきた。
    「お連れの方の洋服が席に残ってました!」
    「ああ、小柳日向は全裸で帰ったんだ。おれが食べたわけじゃない」



    つづく。

    Category : 何故?記
    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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