マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    77歳の母へ捧ぐ

    約二ヶ月ぶりに母親の住む老人ホームへ面会に行った。
    久しぶりに部屋に入ると、こじんまりとしたラジカセが置かれていて、スピーカーからラジオが聞こえてきた。
    この施設に入るときに、目が見えないので「ラジオくらい置こうか」と聞いたら、「いらない」と言っていたはずだが。
    なぜだろう。そういうことを不思議に思って聞いてみると、「お金がかかるから迷惑かと思って。でもこれは施設の人が貸してくれたからタダ」とこたえる。
    「そんなこと気にしなくてもいいのに」とはあえて言わないでベッド脇の椅子に座ると、個室で、ベッドの横に大きな窓があるのだが、窓の向こうには塀があり、塀の上を何匹も猫が往来している。
    今日は晴天で猫も気持ち良さそうに散歩している。
    「のら猫の通り道になってるのよ。わたし猫きらいなのに」と言う。
    「おれは猫好きだよ。犬より猫」
    「わたしは猫より犬」
    ラジオでは男女のキャスターが世間話をしている、そのこちら側では埋められない溝をそのままにある母子が世間話をしている。昨日はその前に夜の街で色々な人と会話をした。そういう会話で一見よくできた言葉だと感心したものもあった。それは自分が話したことも、複数の人の会話のなかでも感じたが、ここにきて気付いたのは、そういう文学的な言葉は所詮「的」でしかなく、実体は伴わない。場所が飲み屋だったこともあるが、それだけではないだろう。文学にはまず「場」がいる、その「場」から自然発生した言葉が、たとえ犬と猫の話であってもどんな瑣末な世間話であっても文学そのものだ。母は無学で本も読まないが、おれをそういう文学の場に導いてくれる人だった。こういう子育てもありだなと今となっては思う。
    「そこに写真があるでしょ?」と母が言うから指さした棚を見ると、〈77歳のお誕生日おめでとうございます〉とカードがそえられてハート型の写真入れに目の前の老女と同じ顔をした母の写真がある。
    「そっか。誕生日だったよね。77歳ってどんな感じなんだい?」
    母は少し考えたが「歳はとりたくないものね」と微笑とも苦笑ともとれぬ顔をした。
    塀のうえではのら猫がゆっくりとした足取りで歩いている。
    「誰だって歳をとるよ、おれもすぐに77歳になる」
    「あなたが77歳の時、わたし何歳?」
    「117歳」
    何だか可笑しさがこみあげて2人で声をだして笑った。
    閉めきった窓から射しこんだ小さな太陽の光が母の顔を照らしている。
    「忙しいのに、ありがとう」
    「ああ、また来るよ」

    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

    Leave a reply






    管理者にだけ表示を許可する

    Trackbacks

    trackbackURL:http://saydie.jp/tb.php/670-b181f9a2
    該当の記事は見つかりませんでした。