森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    文学(もう1つの)商業化への挑戦2-文フリ的な、あまりに文フリ的なー

    福岡ポエイチ初日打ち上げを終え、21時頃、地下鉄・中洲川端駅から西新駅へ向う途中、私は同人誌をやめる理由について考えていた。わざわざ福岡ポエイチの前に筒井康隆の『大いなる助走』の一文を抜き出しブログにupしたのも、このことを牟礼鯨へ伝えるためだ。この下地がなければ話がまどろっこしくなる。その後の話をしたかったのだ。バッグには鯨へ上げるつもりで谷崎潤一郎『痴人の愛』を持って来ていた。もし前回のように店内が喧騒で、まともな話ができなくとも、この本だけは彼にあげよう。それで私の言いたいことがわかるだろう。もし可能なら私はこう聞くつもりだった。

    「おまえ、まだ文学フリマで、やるのか?」と。

    電車を降り、歩くこと数分、BARラジカルへ着く。ドアを開ける。カウンターの奥に、牟礼鯨と連れらしい2人の男女が座っていた。こちらを振り向く。連れの夏男がマスターに「ボックス席、座っていいですか?」と聞く。その前に私は既にボックス席に座っていた。許可を得るまでもなく話をするならここしかないのだ。
    マスターは「そこはいつも将棋の・・・ごにょごにょ」と言っていたが、ともかく三人とも小さい卓を挟んで、ボックス席に座ることができた。私の横には、半袖半パン、麦藁帽子という夏男が座った。
    「はじめまして、久保田です」と言う。
    卓を挟んで、私の目の前に牟礼鯨、鯨の横に30歳前後の女性が座った。
    「高村暦です」と言う。
    おやっ風の噂では確か大学生だったはずだが、と思い、もう一度確認する。
    「確か大学生では?」
    「ええ、22歳です」と怒った顔で言う。
    私はまたやってしまったと少々しょげてしまい、気まずい空気を払拭するべく、マスターに「ビール!」と頼む。
    これで、また一人、女の敵を作ってしまった。
    きっとまたどこかで「あなたには女の気持ちがわからない」と影口を言われることだろう。

    乾杯後、ともかく開口一番、私は、こう言った。
    「おれは、文学フリマが、理念どおりの商業を目指さないなら、もう文学フリマ出ないぞ!」

    皆、一様に沈黙する。この反応はわかっていたので電車内で考えていたことを更に語ることにした。

    「大体、もともと大塚英志の『不良債権としての文学』で書いてある。読んでるよね?それで、この最後の段落、(4)既存の流通システムの外に「文学」の市場を作る、という箇所こそが文学フリマのそもそもの成り立ちなのに、これ実行できてない。大事なとこだから引用する。この部分だ。

    コミケ的なイベントに「文学」が学ぶことがあるとすれば、それが既存の版元以外の場所から新人が世に出ることを可能にしたという点、是非はともかく「同人誌で食っていける」という状況を生んだ点です。(略)そのような「場」を「文学」が用意できず「まんが」が用意できたのは、はたして「まんが」の市場が巨大だったからだけなのでしょうか。それはやはりそのジャンルそのものの「生き残る意志」の問題のような気もするのです。
    (略)



    この前の文学フリマ事務局長望月こと通称モッチーのニコ生観ていて思ったんだが、それを阻害しているのは参加者の偏狭でひねくれた内向きすぎる同人作家意識なんじゃないのか。ここで文学が商業的にダメになっている、新たな流通経路を作る。もう1つの商業を作ることで文学をもう一度市場に解放すると書いてある、つまりは商業としての成功を目指した文学の復興イベントなのに、そう言っているのに、未だにそれをやっていない。一般人を呼ぼうという、そういう意識すら感じられない。おれ、やめるよ」

    もうかなり酔っ払っているのもあるし、当然鯨は真面目なので終電で帰るだろうから、とり急ぎ、まくしたてる。
    「おれは文学で生活したいんだ。それは賞をとったから生活できる時代じゃないことも踏まえて、そんなことを言っているほど世間知らずじゃない、そんなんじゃなくて、わかるだろ? 21世紀の文学的生活者としてのあり方だ。おまえはどう思うんだ?」
    鯨は
    「おれ、カフカ、兼業作家」
    とぼそっと言う。
    「おまえなぁ・・・、カフカってなんだよ、おまえはガルシアマルケス鯨だろ。フランツ鯨とでも改名するの・・・」
    嘆息し、ふと思い出し、バッグから谷崎潤一郎『痴人の愛』を差し出す。
    「文学フリマ用の作品ばっか書かないで、ちゃんと文学書けよ」
    「読んだことあるけど、まあ貰っとく」
    鯨は文庫本を自分のバッグにしまう。

    そこで間に入るように身を乗り出した久保田が言う。
    「そこでなんですが。僕は文学フリマを現代文学の文脈にねじ込みたいんですよ。その為に今日は来ました」
    初めて会うがそのことの意味はよくわかるので、話を聞く。
    「文学フリマの位置づけは現在日本文学史のどこにあるのか不明瞭でわかりづらい。牟礼鯨や山本清風など優れた書き手がいるのにその存在を世間にアピールできていない現状です。そこで僕がそれをやりたいんです」と言う。
    「具体的に?」
    「非公式ガイドブックがあるでしょ。あれです。あれ使えると思うんですよ」
    「きみ、何者なの?」
    「僕は評論家です。もちろん森井さんの作品も模索舎で買って読んでます。個性的で面白い」
    そう言われて少し気分がよくなった。
    「もっと聞かせて?」
    「まず現在が日本文学史の中でどういう状況下にあるか分析しないといけません、それはある程度できてます。作家の島田雅彦の文章にこういうのがあります。2009年の朝日ジャーナルなんですが、ちょっと引用します。

    純文学の商業的な状況はもう俳句や短歌と同じですから、出版社も文芸誌は意地で抱えているだけで、経営的に言うなら真っ先につぶしたい部門でしょう。ただ、埴谷雄高さんの『近代文学』をはじめ戦後日本の小説家はもともと同人誌からコツコツ叩きあげてきたという歴史がありますから、書店で文芸誌が売られなくても、もとに戻るだけなのかもしれません。



    つまり、この島田雅彦の予想こそが、現在の文学フリマではないかと思うんです。あと僕が思うに、この文学フリマに集まっている人々は、もう1つ、筒井康隆の『断筆宣言』以降、それが象徴する世間による表現の弾圧から逃げてきた人たちでもあるんです。文学フリマに集まってきているのは、そういう意味で先鋭的な作家たちではないかと思うんです。そう思ったのは、牟礼さん、山本さん、そして森井さんや、あと『何故?』の小林さんなんかも、多分出版社の検閲をくぐれない作家たちだと思ったからなんです。確実に世間からバッシングされます」
    「しかし、島田雅彦の言うこともわかるが、はたして文学が商業的にダメなのか?村上春樹は一人で頑張ってる。あるいは村上龍もいる、西村賢太なんかはどうなる?おれの認識ではそれは売れない作家の僻みだ。売れる奴は売れてる。商業的に問題ない」
    「村上春樹のことは考えないようにしましょう。あれは特別です」
    「いや、村上春樹を特別とするところに現在の純文学の問題点があるんじゃないか。村上春樹は誰がなんと言おうと純文学なんだから。この現象は太宰治の時と似ているんじゃないか。太宰治を文学と認めないという流れのなかで日本文学が進んでいった。少し後の三島や石原が太宰を女々しいと断罪した。でも今の同人作家は太宰治をこよなく読んでいる。誰も三島なんて読んでいない。村上春樹は太宰治に似ているよ、初期の作品は特に」
    「村上春樹は、しかし・・・」
    久保田は口ごもる。しかし、私は半ば、突如現れた評論家を名乗る久保田という夏男に奇妙な親近感を覚えていた、それはつい最近まで私が考えながら、しかし、道半ばにして諦めざるを得ないことになった、現状認識と同じだったからだ。ただ何かを特別にしたんではダメだという、この最後の部分での違いはある。
    「ともかく、日本だけの問題で、文学フリマに限った話でいえばですね、半年に一度の文学フリマだけではなく、きちんとインターネットを使うべきです」
    「ああ、しかし、インターネットにも限界を感じてる。電子書籍などもやっぱ世間一般の人は有名じゃない人の作品は、それがどんなに良くても読まない、そういうアンテナの高い人向けにやっても数に限りがある、だからおれはこう考えたんだ、道は無数にある、全部の道を歩こうって。わかるか?全部やるんだ。賞をとり、文学フリマに出展し、インターネットで発言し、電子書籍もだす。全部やる。文学フリマの商業化を待ってても仕方ない、アンテナの低さを嘆いても仕方ない、この前のモッチーのニコ生観て諦めた。文学フリマに一般来場者、つまり今まで書店に「文学」を探しに行っていた一般人が訪れない限り、文学フリマに来るマニアックな人向けの本を書くことに特化する。文学から離れていく。少なくとも世界観の表明はできない。だんだんと一部のマニア向けの作品を書くようになる。世界文学を描けるのにマニアックな読者のために才能あるやつが文学フリマで潰される。これというのも、文学フリマはただの同人誌の集まりではなく、もう1つの商業なのに、誰もわかってないからだ。待ってても仕方ないから、おれは、とりあえず、賞取りレースにも出る。それをネットで逐一報告するという面白い遊びを思いついたんだ」
    「僕が評論によって、文学フリマをきちんと文学史のなかに、いや市場に投げ込みます!文学フリマでスターを出します!」
    その間、鯨が黙っているので、ふと見ると何かを紙に書いていた。覗き込んでよく見ると、私の似顔絵を描いていた。とてもよく描けているから「それ、今度、おれの小説の表紙に使おう」と言った。
    そうして恐る恐るその隣の高村暦を横目で見ると、怒った顔をしてメモ紙に何かを書いていた。それは私の似顔絵ではなく、難しい漢字が散りばめられていた。もう散々酔っ払っていたので読解不可能だった。
    そうして0時前、予想通り「そろそろ終電だから、また明日」と鯨が立ち上がり、二人もその後を続いて出て行った。

    店に残された私はカウンター席に座る。ふと横の西南大学の学生だという青年が話しかけてきた。
    「今日福岡ポエイチ行ってきたんですが。ぼくも小説書こうかなと思ってるんですが」と言う。
    「書こうかなあって人はいっぱいいる。どんな短いものでもいいから完成させてからだよ。あと同人誌は手段だから、修練の場だからな、いくら居心地よくても、そこに長居するなよ」
    それから朝4時まで飲み、ネットカフェで寝た。
    よくよく考えたら今回ブースは私一人だ。
    小柳日向は早くても15時すぎに来るとのことだったし、来ないかもしれない、とのことだったからだ。


    後日談。
    この評論家・久保田氏は、福岡ポエイチから帰宅後、すぐにツイッターをはじめた。この会話を具現化する強い意志が感じられて、私も早々にフォローした。さて、彼は、何をしてくれるのだろうか。もはやしばらく同人誌や文学フリマから離れることになろうとも、やはり少し気になるのである。
    文学狂人1984

    Category : 福岡ポエイチ
    Posted by 椰子金次郎 on  | 0 comments  0 trackback

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