第二回福岡ポエイチ二日目ーエピローグはおれ1人ー

    会場である冷泉荘に着いたのは11時50分で、12時開場だからギリギリであった。
    隣のブースには大坂文庫かつ大阪文学フリマ代表の上住断靭氏が座っていて、ipad miniで遊びながらくつろいでいた。
    「今日はよろしく」と挨拶する。
    ものの5分でブースの準備をすまし、ひとまず外で煙草を吸う。
    開場すれば、しばらく外には出られない。いつもなら他のメンバーがいてくれ私は自由でいられた、だが今日は最低でも3時間はじっと座っていなければならない、もしかしたら5時間じっと座ることになるかもしれない。何しろもう1人のメンバー小柳日向は、15時過ぎに来るかもしれないし来ないかもしれない、とのことなのだ。
    それを踏まえ立て続けに2本吸った。

    会場へ入る。

    ブースに座ると、昨晩のメンバー牟礼鯨と高村暦がいた。横のブースには桜子さんがいた。この前見た時と幾分顔の印象が違っていたので整形でもしたのかとふと思ったが、さすがに聞けなかった。もうこれ以上女の敵を作るわけにはいかない。
    不意に横の上住断靭が
    「今日、小柳さん来ますかね?」
    と聞いてきた。
    私にしろ、それが今回の関心事でもある、最大の目玉だ、しかし実際わからない。
    サークル紹介の文言どおり答えるしかない。

    「来るかもしれないし来ないかもしれない」

    開場から一時間たった頃、昨夜の打ち上げで私の肉体を散々弄んだ男性詩人ミッド氏がやってきた。
    「昨日は楽しい時間をありがとうございます」
    私は嫌味ではなく、心からそう言った。よくよく考えれば男にも女にもあんなにも愛された記憶はなかった。あんなにも求愛されたことがなかった私は、それがガタイのいい脂っこい中年の男性詩人であったとしても、心のどこかで嬉しかったのだろう。しかしミッド氏は、恐縮するばかりで、挙句の果てに、こう言ってのけた。
    「実は昨夜のこと全く覚えてなくて、ウイスキー二杯目を飲んだ後の記憶がなくて・・・。わたくし何かしましたか?」
    これには愕然とした。たまたま訪れたBAR、不意に横に座った男性に熱烈に肉体関係を迫られ、「まあ、いいわ」とホテルでことをすました翌朝、非情でヤクザな男がよく口にする言葉、
    「おまえ誰だ?」
    まさに、その時の女の気分だった。この哀れな私の心に浮かんだ台詞は「ひどい、バカ!」だ。ミッド氏はそれから会場内で私を見るたびに恐縮した風に頭を下げる、それが逆に私を苛立たせる。
    後日談で、この日福岡ポエイチ二日目の打ち上げの席で、平地氏に
    「ミッドさんは詩人らしくない、あんなに低姿勢でいなくて堂々としてればいいいんだ!」
    と私が言ったのは詩人云々よりもむしろ
    「ミッドさんは男らしくない、謝られたら余計みじめになるじゃない、堂々としてたらいいのよ、悔しい!」
    という一夜だけ芽生えた女心からの叫びに近い。

    14時からは、詩人ヤリタミサコ氏のパフォーマンスだった。
    内容それ自体よりパフォーマーとして感心したのは、最後、会場の皆に白紙の大きな紙を配り紙を楽器にしてくださいというシーンで、そうは言っても初めてのことで紙を楽器にする、という意味がイマイチ飲みこめず躊躇していた観客がいる、すると本人がすたすたと客の方に歩いていき、観客の紙を取り上げ、それはやりすぎというくらい紙をびりびり破り捨てていく、そうやって自らが見本を示し、その後、会場の客は「なるほど」と紙を破いたり叩いたり投げ捨てたりと、粗野で荘厳な音とともに奇妙な一体感に包まれたのだった。
    そのとき、この人は本物だなと感じた。
    というのも前に音楽ライブで、「みんな肩を組んでください」というミュージシャンがいたのだが、いきなり肩を組めと言われても隣は知らない人だしという戸惑いのなか観客たちは肩を組むことができなかった、そこで場は一瞬白ける、さてどうするかと思っていたら何もせずに、「まあ、いっか」と次の曲に進んだのだ。この時は、そのミュージシャンが知り合いだったので、ライブ後、「あんた、へたれだな。どっちでも良かったんならあんなこと言うべきじゃないし、もし本気で肩を組んで欲しかったら是が非でもやってもらうまで次の曲に行くべきじゃなかった」と告げて、そのミュージシャンもひどくしょげていたことを思い出した。

    さて、15時になろうとしている。禿げ上がった色の黒いおじさんがブース前に立ち止まった。
    「あのー、小柳さんというのは?」
    手には、福岡ポエイチのパンフレットが握られている。
    「まだ来てませんね」
    私はそう答えるしかない。
    「まだですか・・・。ここに、文芸即売会で激レアな存在のあの小柳日向と書いてありますが、小柳さんというのは有名な方で、なおかつ激レアな方なんですか?」
    「ええ、有名で、激レアです。ねえ、上住くん?」
    上住氏に救いを求める。
    「はい、そもそも僕なんかは、大阪で会えなかったから、福岡まで来たようなものですから」
    上住氏は見事な返答をしてくれた。
    おじさんは目を輝かせる。
    「それは是非お目にかかりたい。今日は来ますか?」
    私はおじさんの目をまっすぐ見つめる。
    「そこに書いてあると思いますが・・・」
    そうしてパンフレットのその箇所を指でなぞる。おじさんは「ああ」と頷く。
    「来るかもしれないし来ないかもしれない」
    私とおじさんは声をそろえて言った。
    「もし来たら、呼んでください、もうしばらく会場にいますので」
    おじさんは、そう言って、他のブースに向った。

    「しかし、来ませんね」
    15時30分。
    上住氏に言われるまでもなく、私にも、少し焦りがでている。
    「でも、ほら、昨日、15時すぎに行きますってツイートあったよね?」
    不安な気持ちを払拭すべく上住氏に尋ねる。
    「ええ、確かにありました。ただ一つ気になっているのは、例のブログの後「激おこ」ってツイートしてるんですよね・・・」
    目の前を見ると、牟礼鯨が、声にはださず、唇だけをゆっくり動かす。
    「こ・や・な・ぎ・ひ・な・た・ま・だ・?」
    隣の高村暦がにやりと微笑む。
    私はいても立ってもいられず外にでた。
    煙草を吸う。

    時計を見ると、もう16時になろうとしている。
    このイベントの最大の山場は、15時過ぎ、なんだかんだありながらも小柳日向が登場する、歓声があがる、このラストシーンで『何故?』を締めくくるはずだった。色々あればあっただけ、感動のラストシーンだ。しかし、もうあと1時間、これはもはや「やりすぎた」と感じずにはいられなかった。この物語はダメかもしれない。ラストシーンは訪れない、このまま終わる・・・。そんなことを考えていると、先ほどの色黒のおじさんが自転車に跨りながら、
    「もう用事あるんで帰ります。お会いしたかったのですが、残念です。小柳さん、来年は来ますかね?」
    何かを期待するような悪戯な笑みを浮かべ聞いてくる。
    私はもう力なく蚊の鳴くような消え入りそうな声で呟くことしかできなかった。
    「来るかもしれないし来ないかもしれない・・・」

    16時すぎ。
    上住氏も焦りだしたようで、
    「来ませんね、これは」
    時計を見ながら何度も言う。
    ふと入口から誰か人が入ってくるたびに、共に振り向く。
    次の瞬間、「違うなあ」と、共に俯く。

    16時30分。
    もう私は俯いたまま顔をあげることができない。
    顔をあげれば目の前には、牟礼鯨、高村暦の白けた視線。
    横では上住断靭が溜息ばかりつく。

    17時。
    とうとう待ち人は来ないまま、福岡ポエイチは閉会した。
    最後、目の前には、一冊の本が私を責めるように残っていた。


    福岡ポエイチ


    「絶望してるんっすよ、あなたに」
    そんな小柳日向の声が、どこからともなく、聞こえてくるようだった。



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