森井聖大ファンクラブ通信

    マイペース・マイワールド

    インターネットの憂鬱ー虚構船団結成宣言ー

    インターネットについて考えると憂鬱である。
    そもそもインターネットの使い方については、もう5年か6年くらい前になるだろうか、『現代SNS論』の中でかなり考えたが、それから今もまだ、変容するインターネット世界を共に歩きながら、従軍記者のように見ながら、考え続けている。
    しかし、年を経るごと益々のっぴきらない状況になってきた。
    現実社会に近づいてきたのである。
    それも現実社会の悪い部分だけを抽出しながら、何やら完成しつつあるようだ。

    先日、立て続けに、ツイッターで悪ふざけ投稿をした、と若者たちが非難された。
    非難されたばかりでなく、損害賠償や、逮捕などにも繋がって、世間の論調も(太宰治流に言えば「世間とはお前だろ!」ということになるのだが)それが至極当然のことのようになっている。
    だが、私は違和感しか覚えない。
    「少々悪い部分はあるが、それほどのことか!?」
    というのが正直な感想だ。
    ツイッターくらい自由でいいだろ?
    たかがツイッターでの投稿じゃないか。
    それを悪意のリツイートで、悪い悪いと晒す、お前らの偏狭さの方が気持ち悪いわ
    こういうことは、象徴だ、ほんの一例だ。
    昔のmixiやgreeやツイッターの無法ぶりが好きだった。
    最近みな、こういうことを察し、おとなしくなってしまった。

    バカヤローおれの趣味を取り上げるな!

    それにしても。
    インターネットにはびこる理想主義的な正義感、この傾向は、年々強くなっている。
    そもそものはじめ、私たちは現実世界に嫌気がさし、あるいは居場所がなく、自らの生きる術として逃げ込んだ、それがインターネットだった。
    だが、いつからか、スマホによるインフラ整備などもあり、もともとインターネットを本当に必要な人間の居場所がなくなりつつあるのだ。

    ウェブ上の世界は、一つの失言で赤の他人を『人生の落とし穴』に引きずり込もうとする『暇な人たち』であふれているのだ。ー酒井信



    インターネットを扱う時、誰もが個人になる。
    しかし個人の確立がなされていない多くの日本人は、インターネットでの繋がりとして、共感を求める。
    例えば、これもここ数年の現象だが、ツイッターなどでリアルタイムで見ているテレビの感想を言い合う。
    この共感主義への懸念は、私のもう1つのブログでも随分前に書いた。
    その共感のなかに、常識がある。
    すなわち彼らが我らの御旗と掲げる正義とは、哲学などではなく、単なる『常識』でしかないのだ。

    週刊朝日に『ネットの炎上は集団パニック』というタイトルでこういう記事があった。

    「集団でありながら、集団の体をなしていない時の現象」、それがパニックである。そこに表れ出てくるのは、「今まで抑圧されてきた、他人に対する容赦のない敵対的衝動」である。ー小倉千加子



    AERAの記事に『ネットで叩く側の論理、誰が私刑を執行するのか』というタイトルで、こういうのがあった。

    ネット上を徘徊して「悪事」を探し出し、熱狂的に叩く人たちを「ネット自警団」とも呼ぶ。

    誰が、何のためにネット上で「私刑(リンチ)」を執行するのか。心理学者で、「MP人間科学研究所」代表の榎本博明さんは言う。

    「現実社会の中で人とうまくいっていない人が多い気がします。自分の意見を発信したい、ムカついたから発散したいと、衝動的な行動をとる人が多い」

    榎本さんによれば、ヒトの攻撃衝動は匿名になると触発されやすい。しかもネットは、意識のコントロールが利かない衝動部分が解放され、日ごろ理性で抑えているもう一つの人格が出てきやすいという。



    私が、今回の様々なツイッターでの悪ふざけに感じたのは、槍玉にあげられた方ではなく、槍玉に上げた方、そもそも通報をした方が異常なのではないか、そちらの方が犯罪者としての気質があるのではないかということだ。
    自らの『正義』により赤の他人を私刑に処するのは、よく無差別殺人者がいう、常套句ではないか。

    こういう話を職場の人として、
    「アメリカとかもっとひどいのあるのになあ。面白かったら許されたかもしれないな」
    と言った。
    それも一理あるだろう。
    彼らの『正義』という名の悪事のことを置いとくと、ただの悪ふざけを『笑い』か『現代アート』の水準まで持っていっていれば、まだ良かったかもしれない。
    ピザの生地を顔に張りつけるだけでなく、ちんこやまんこの絵を描くとか。
    そのままパンツにして、ピザパンツとか、色々あるだろうし。
    冷蔵庫の中に横たわるだけでなく、全裸に魚の絵を描いて横たわるとか。
    醤油さしも、ただ口にくわえるだけでなく、尻の穴に突き刺すとか、色々あるだろう。

    ともかく、私たちは、昔(といっても、ほんの数年前の)解放区だったインターネットを知っているのだ。
    そもそものはじめ、私たちを現実から追い出しておいて、今度は(私たちが0から面白くしてきた)インターネットを取り上げるような行為を、平気でする、彼らの『正義』に、「それは悪だ」と誰かが言わないといけない。

    ちなみに私はよく誰かを糾弾しているように見えるかもしれないが個人を糾弾したことは一度もない。
    全て企業なり団体である。
    今回は彼らである。
    私は、もともと、彼らのように徒党を組まない主義だ。
    だが、今、インターネットは危機的状況にある。
    もはや、そんなことを言っている場合ではない。
    私は、これを最後の聖戦と決意し、ここに宣言する。

    虚構船団を結成し、ただの悪しき常識でありストレス発散の別名である彼らの言う身勝手で稚拙で野蛮で偏狭な『正義』と、上質な芸術的悪ふざけでもって戦う。




    Posted by 椰子金次郎 on  | 0 comments  0 trackback

    Leave a reply






    管理者にだけ表示を許可する

    Trackbacks

    trackbackURL:http://saydie.jp/tb.php/710-f49519f5
    該当の記事は見つかりませんでした。