文学フリマへの檄文(三島由紀夫・檄文・改稿文)

     われわれ文フリ系作家は、文学フリマによって育てられ、いわば文学フリマはわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。
     かえりみれば、私は四年、きみは三年、文フリ内で参加サークルとしての待遇を受け、一片の打算もないブースを受け、又われわれも心から文学フリマを愛し、もはや文フリの柵外の文学にはない「真の文学」をここに夢み、ここでこそ生後ついに知らなかった作家の苦悩を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、文学の精神を相共にする同志として共に文学の再興に馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって文学フリマは故郷であり、生ぬるい現代文学で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。事務局スタッフ、来場者から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、文学フリマを愛するが故であると私は断言する。
     われわれは戦後の文学が、経済的繁栄にうつつを抜かし、文学の大本を忘れ、人間精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。出版社は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、文学百年の大計は共感に委ね、絶版の汚辱は払拭されずにただごまかされ、作家自ら文学の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 
     われわれは今や文学フリマにのみ、真の文学、真の作家、真の詩人の魂が残されているのを夢みた。しかも商業主義的には、文学フリマは失敗であることは明白であり、文学の根本問題である仲介を通さず作家と読者を一線で結ぶということすら、御都合主義のオフ会的解釈によってごまかされ、文学のない文学イベントとして、作家魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき参加作家たちが、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。文学は商業主義後の日本の不名誉な十字架を負いつづけて来た。文学フリマは文学たりえず、建会の本義を与えられず、コミケの物理的に微小なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い文学の眠りに憤った。文学フリマが目ざめる時こそ、日本文学が目ざめる時だと信じた。文学フリマが自ら目ざめることなしに、この眠れる日本文学が目ざめることはないのを信じた。方針転換によって、文学フリマが建会の本義に立ち、真の文学イベントとなる日のために、参加者として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
     四年前、私はひとり志を抱いて文学フリマに参加し、その年に『何故?』を結成した。『何故?』の根本理念は、ひとえに文学フリマが目ざめる時、文学フリマを文学の主流、名誉ある文学イベントとするために、命を捨てようという決心にあつた。方針転換がもはやボランティア制度下ではむずかしければ、参加者主導こそその唯一の好機であり、われわれは参加者主導の前衛となって命を捨て、文学フリマの礎石たらんとした。文学フリマを守るのは同人誌であり、同人誌を守るのは作家である。文学フリマを同人誌を以て守りきれない段階に来て、はじめて参加者主導によって文学が明らかになり、文学フリマは建会の本義を回復するであろう。文学フリマというイベントの建会の本義とは、「出版社に頼らない新たな商業により、文学の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。日本文学のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら執筆活動を続け、挺身しようとしていたのである。
     しかるに前回平成25年11月4日に何が起ったか。文学フリマのイベントとしての最後の大詰ともいうべきこの第十七回文学フリマは、圧倒的な内向性の下に不発に終った。その状況を流通センターで見て、私は、「これで文学フリマは変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。事務局は一般来場者の動員を諦め、戒厳令にも等しいWEBカタログに対する参加者の反応を見極め、敢えて「方針転換」という火中の栗を拾はずとも、イベントを存続しうる自信を得たのである。参加者主導は不用になった。文学フリマ事務局はイベント維持のためには、何ら方針転換せず参加サークルを維持するだけで乗り切る自信を得、イベントの根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、参加サークルには方針護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 参加サークルたちにとってはそれでよかろう。しかし文学フリマにとっては、致命傷であることに、事務局は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
     銘記せよ! 実はこの平成25年11月4日という日は、文学フリマにとっては悲劇の日だった。創立以来十年に亘って、方針転換を待ちこがれてきた一部の作家にとって、決定的にその希望が裏切られ、方針転換はイベントプログラムから除外され、相共に同人誌オフ会イベントを主張する事務局と大多数の参加サークルとが、商業主義的成功の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで文学の復興イベントであつたはずの文学フリマは、「同人誌のオフ会イベント」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
     われわれはこの日以後の文学フリマに一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし文学フリマに大塚英志の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。作家であれば、作家の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが人であり作家である。われわれはひたすら耳をすました。しかし文学フリマのどこからも、「自らを否定するイベントを守れ」という屈辱的な命令に対する、参加者の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、イベントの論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、文学フリマ事務局は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
     われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。ボランティアスタッフは任務を与えられなければ何もできぬという。しかしボランティアスタッフに与えられる任務は、悲しいかな、最終的には参加者からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールがボランティアスタッフの本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍隊に関する財政上のコントロールである。文学フリマのように企画権まで奪はれて去勢され、変節常なき同人誌に操られ、サークル間の交流に利用されることではない。
     この上、一部の参加サークルのうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする文学フリマは魂が腐ったのか。大塚英志の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大なオフ会になって、どこかへ行こうとするのか。超文学フリマに当っては事務局を売国奴呼ばはりした参加サークルもあったのに、文学百年の大計にかかわる本イベントは、あたかもかつての閉じた文学の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切る参加者一人、文学フリマからは出なかった。
     文学復興とは何か? 文学フリマの役割とは何か? 出版社は真の日本の自主的作家が日本文学を守ることを喜ばないのは自明である。あと1年の内に自主性を回復せねば、文学フリマは永遠に同人誌のオフ会として終るであらう。
     われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと1年、最後の1年待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。文学フリマを文学の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。イベント存続のみで、魂は死んでもよいのか。オフ会以上の価値なくして何の文学フリマだ。今こそわれわれはイベント存続以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。文学だ。われわれの愛する歴史と伝統の、文学だ。これを骨抜きにしてしまった商業主義に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の人間、真の作家として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

    森井聖大



    原典
    三島由紀夫 市ヶ谷駐屯地での最後の檄文
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