マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    禿げてこそ作家

    とてもいい物語になるような気がしている。
    文学界に応募しようと思って書き始めたが、とても間に合いそうにないし、もう締め切りも何もどうでもいいので、この物語を丁寧に書き上げていこうと思っている。
    正直もともと公募とかまったく興味がない。
    何かのきっかけになればいいとは思っているが、それ以上にはなりそうもない。
    ただ『何故?』という母体(宿)を持たずとも書けている現実に満足している。
    書き上げたあとで、文学界なり九州芸術祭なり大坂文庫なりinsideoutなり、または自分で小冊子や電子書籍を作るなり、発表の方法は一番しっくりくるのを選べばいい。
    あまり物語にはこだわっていないが、意識せずに書きはじめたら、今回はきちんとした物語を描きたくなった。
    ただ元がひねくれているからか、自然と時間軸も空間もありきたりでなく少しひねくれてしまう。
    現代には物語が溢れているような錯覚があるが、私が求める物語は、さほどない。
    実感として、物語は、壊滅している、とも思う。
    日本を含め自由民主主義社会は、もう最後の段階に入っている。
    物質を求め消費生活でしか自己を表せないという、マルクスのいう市場主義の最後の段階、ニーチェのいう「最後の人間」という面白みがない物語のなかで身動きが出来ずにいる。
    アジアやアフリカや南米の自然とともに余生を過ごす日本人もいる。
    さもなくば、この社会の中で欲望を後付けされることを余儀なくされる。

    昨日バイト先で私と同い年の男がこう言った。
    「白髪がでてきたと思ったら、ヒゲも鼻毛も白くなるし、かと思えば今度は禿げてくるし、肌に水分がなくなって札を数える時に唾をつけるようにもなったし、ほんと年をとるのは嫌だね」
    すぐさま私はこう言った。
    「年をとればとったでいいこともある」
    それを横から聞いていた24歳の男がそんなことがあるのかと興味深々な真面目な顔でこう聞いてきた。
    「車の保険が安くなるとか以外にですか?」
    なので、私は、苦笑しながら、こう言った。
    「そんな現実的なことじゃなく、禿げたら禿げたで、白髪になったら白髪になったで、また若いときとは違う魅力がでてくるよ」
    するとまた同い年の男が嘆息しながらこう言った。
    「有名人とかだろ?一般人は年とったらみすぼらしくなるだけだ」
    どうしてこういう思想が生まれたのか私は不思議でしょうがない。
    なので、どうにも収まりがつかず、最後に、こう言ってのけたら、何故か、みな黙り込んでしまった。
    「毛のない猿が人間なら、禿げてこそ人間だろ!禿げてきたら、これでようやく人間になってきたと喜べ!」
    会話が終わり、みなしっくりこない表情でそれぞれの作業に戻った。
    それから私はいつもの妄想のなかに入っていった。
    芥川も太宰も前頭部が禿げている、なんなら総大将ヘミングウェイもいる。
    私はある確信に達し、表には笑みを浮かべ、心の中で、何度もこう呟いた。
    「禿げてこそ、作家!」

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    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

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