マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    コインランドリーの仙人

    私の家には洗濯機がない。
    一人暮らしなので常にあんな大きな機械を家に置いておく必要性がない。

    大体二週間に一度コインランドリーへ行く。
    年末の慌しい時期にも、ルーチンワークとして、いつものようにコインランドリーへ行った。

    洗濯機は空いていたが、洗濯を終え、乾燥機に入れようとしたら、乾燥機が空いてない。
    よく見ると、洗濯物はあるが、ドラムの回転が止まった乾燥機が一つだけある。

    誰のか知らないが、致し方ないと中の洗濯物をカゴにだそうとした。
    だが、ふと女性物のパンティが目に止まり、慌てて、また元の乾燥機に洗濯物を戻した次第だ。

    一瞬、もしこのパンティが盗まれた場合、店内の監視カメラにより下着泥棒として捕まる、と思った。
    私の人生には、常に、このような原罪意識がつきまとう。

    仕方ないので、乾燥だけかけに、古臭くて人気がない別のコインランドリーへ行くことにした。
    そこで仙人に会った。

    私が、乾燥機に約二週間分の洗濯物を入れていると、仙人が、コインランドリーのドアを開け店内に入ってきたのだ。
    口ひげがドストエフスキーのように長くて白い。

    「ここで休んでいくとしよう、ここ何時まで?」
    仙人は私に尋ねる。

    「夜0時まで。0時になったらドアにロックがかかるらしい」
    私は店内の注意書きを読んであげた。

    「寝過ごしたら、朝まで出られないのか?」
    仙人は迷っているようだった。

    「むしろ、朝まで寝るなら、一番いいのでは?」
    どうもホームレスっぽいので、私がそう教えてあげたら、仙人は笑顔になった。

    それから乾燥が終わるまでの40分、仙人と二人きりで、長椅子に並んで座り、話をすることになった。

    「随分洗濯物多いね」
    仙人は回転している私の乾燥物を見つめて言う。

    「2週間分だから。仙人は洗濯とかどうしてるの?」
    「わしは洗濯しないよ、洗濯しないでいると服が皮膚の一部になるから暖かいぞ」

    仙人は、本当に自分の皮膚を伸ばしているように、自分の着ている服の襟元を伸ばして私に見せてくれた。
    しかも全く洗濯しなくても、どういう技なのか、至近距離にいても全く臭くなかった。

    「なるほど。それはそうと仙人、もうすぐ今年も終わるけど、来年の抱負とかある?」
    「わしにはもう何年も前から今年も来年もない。自分が何歳かも忘れた」

    「そういえば、アフリカの部族やタイの山岳民族も自分の歳を数えない。あんな感じだね?」
    「四季がない場所なんだろう。一年が変わらないから何年も同じ。あいつらは毎日が夏休み。だが生まれ年は覚えてる、昭和15年だ」
    仙人は笑う。

    「だったら、74歳じゃないかな?」
    私は計算してあげた。

    「知らん。数えてないし、そうであってもなくても、どうでもいい」
    仙人は少し不機嫌そうな顔をし、更に続けてこう言った。
    「70歳をすぎてから、数えてない」

    「ということは、70歳までは数えてたの?」
    「忘れた。色々なことを忘れた。歳も忘れた。ただ生年月日は覚えてる」

    「子どもの頃のことは覚えてるんじゃない?」
    私が母との会話からたどり着いた記憶の真理を突くと、仙人の表情が心なしか穏やかになった。

    「うん、セミや芋虫を食べてた、スズメも食べた。戦後、食糧難だったから、犬も食べた。今は食べなくなった、文明人だからな」
    そう言って、仙人はスーパーで買った半額の惣菜を見せてくれた。

    「夜八時すぎたらそこのスーパーの惣菜が半額だから、今は買ってる。文明人だからな」
    仙人の口から聞こえる文明人という言葉にはどこか新鮮な響きがあった。

    そうこうしていたら、乾燥が終わった。
    私は洗濯物を袋につめ、コインランドリーをでようとして、最後に仙人に挨拶した。
    「今日はありがとうございました」

    すると仙人も立ち上がった。
    「わしも帰るとしよう」

    「帰る家あるの?」
    「もちろん。すぐそこの家に一人で住んでる」

    私は勝手にホームレスと思っていたが、そうではなかったらしい。





    Category : 創作メモ
    Posted by 椰子金 on  | 2 comments  0 trackback

    2 Comments

    Love says..."感想を"
    近くの人だったんですね。

    ほんとは、ちゃんと洗濯してるのかも。

    なんだか、彼の、語らない生きること、子供の頃の話に
    しんみりして、
    祖母を重ねてました。

    ちょっと読んだら感想したくなったので。

    お邪魔しました。

    2014.01.06 21:17 | URL | #UFmUZn9w [edit]
    森井聖大 says..."Re: 感想を"
    感想ありがとう。
    日常のなかの一期一会でした。
    ほとんどの人が、ほぼこうして通り過ぎることを思うと、LOVEさんにしろ、他の色々な人にしろ、長らく付き合う関係になることの意味を考えてしまいます。
    もちろん、あーもうホント嫌になる、という感じの、縁を切りたいけどこちらの思惑を超えた何か底知れぬ縁があるのでしょう、いつまでも離れられない人を含めて(笑)
    2014.01.12 08:01 | URL | #- [edit]

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