美少女とわかば

    私はどちらかというと赤の他人にも嘘偽りのない思いやりをもち誠心誠意生きてきた方だと思う。
    それなのに、金がない。
    金がないことを悪い事だと言う人もいる。
    そう言われたら、もう私は、うな垂れるしかない。

    いつものようにコンビニで「わかば一つ」とわかばを購入した。
    店員が薄ら笑いを浮かべた。
    それが私への嘲笑なのかわかばへの嘲笑なのかはわからない。
    その後、独りきりの部屋に帰るのも気が滅入るから、近所の寂れた公園へ向かった。

    公園の端の木陰では中学生くらいの少年たちが徒党を組み座り込んでいた。
    横を通り過ぎる時、ふと覗き見ると、少年たちはわかばより約2倍も値がはる煙草・セブンスターを吸っていた。
    私はポケットのなかのわかばを握りしめ、遠く離れたブランコの前のベンチに座ることにした。
    ポケットから文庫本とわかばを取り出し、片手で文庫本を読み、片手でわかばを吸った。

    私は、独りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼むこともできません。

    太宰治『美男子と煙草』



    そこまで読んで、顔をあげ、わかばを吸い込み、煙を、空へ吐き出した。
    雲ひとつない晴天だったが、私の心は晴れていない。
    どこからともなく白いワンピースを着た十歳前後の少女が目の前に現れた。
    次の瞬間、少女はブランコの上に立ち上がり、勢いよくブランコを漕ぎ出した。

    「パンツ丸見えだぞ」
    私は少女に忠告した。
    少女は意に介せずとばかりにスカートをひるがえし空へむかって漕ぎ続けた。
    それを見て私は思わず英語で「Just great.」と独り言を呟いた。

    しばらくしてバランスを崩したようにブランコから少女が落ちてしまった。
    私は不意に立ち上がろうとしたが、その前に少女が「大丈夫」とはにかんで立ち上がった。
    少女は片足をひきずりながら、私の目の前まで歩いてきた。
    生まれて初めてみるような純粋な美しい少女だった。

    少女はベンチの上の砂を手で払いのけ、私の横に座った。
    さきほど大丈夫だと言ったので、私は「大丈夫か?」とは聞かないことにした。
    私と少女の間にはわかばと文庫本があった。
    文庫本の方は漢字だから読めなかったようで、少女は言葉を噛み締めるように、ゆっくりと「わ・か・ば」と呟いた。

    「そう、わかば
    私はわかばを口にくわえ、火をつけ、再び煙を空へ吐き出した。
    わかば、いい名前ね」
    「そうかな、安物の煙草だ」

    しばらく少女と並んで座っていた。
    頭上には雲ひとつない青い空があった。
    横には穢れを知らない白い少女が座っていた。
    私はわかばを吸っていた。

    「そろそろ帰るわ」と少女は立ち上がり歩き出したが、片足を引きずっていた。
    私はいてもたってもいられなくなった。
    わかばをくわえたままで、少女の前に背中を向けしゃがみこんだ。
    「おんぶして家まで送るよ」

    少女は素直に私の背中に乗った。
    わかばをくわえたまま、中学生たちの横を通り過ぎ、公園を出た。
    「わかば、煙たくないか?」私は前方を真っ直ぐ見つめながら少女に尋ねた。
    すると少女は、私の背中越し、匂いをかみしめるように、鼻をくんくんと鳴らし、とても澄んだ小鳥のさえずりのような声音で、こう言った。

    「わたし、この匂い、好き。
    わかば、好き」



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