「I was born」「祝婚歌」「夕焼け」などの詩人・吉野弘の死で「I have gone」

    詩人の吉野弘が亡くなった。
    1月15日、肺炎のため、静岡県富士市の自宅で。
    87歳。
    I was born」と歌った詩人も、みごとに天寿を全うしたのだ。

    I was born


    確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

    或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青
    い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ
    てくる。物憂げに ゆっくりと。

     女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女
    の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟
    なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世
    に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

     女はゆき過ぎた。

     少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれ
    る>ということが まさしく<受身>である訳を ふと
    諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。

    ----やっぱり I was born なんだね----
    父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返し
    た。
    ---- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
    生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね----
     その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
    僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。そ
    れを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとっ
    てこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだか
    ら。

     父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
    ----蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬん
    だそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくる
    のかと そんな事がひどく気になった頃があってね----
     僕は父を見た。父は続けた。
    ----友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だと
    いって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く
    退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入
    っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。と
    ころが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっ
    そりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目ま
    ぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとま
    で こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの
    粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>という
    と 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことが
    あってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお
    前を生み落としてすぐに死なれたのは----。

     父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひ
    とつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものが
    あった。
    ----ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで
    いた白い僕の肉体----
      

    (作者註:「淋しい 光りの粒々だったね」は詩集「幻・方法」に再録のとき、「つめたい光の粒々だったね」に改めました)

     

    吉野 弘
    「現代詩文庫」思潮社



    感慨深くて、吉野弘死去のニュースにしばし時間が逆流し、あの頃に止まった。
    私が吉野弘をはじめて知ったのは「I was born」だった。
    教科書だったか塾の国語プリントだったかは忘れた。
    当時中学生だった私は、教科書に載っている、あるいは勉強という名の下に教えられる作品というだけで、大人から子どもへの洗脳じみたロクなものじゃないと思いこんでいた。
    そんな若かりし日のありがちな反抗期の私だったが、彼の詩を読み「例外もあるんだな」と思った。
    それからブルーハーツの「ロクデナシ」という歌を口ずさみながら、「生まれたからには生きてやる!」と開き直りにも似た強がり的な背水の陣的決意をもち、それが私の基本的な生へのスタンスになっていった。(これは今でも変わらない。)
    実のところ、こんな話を、つい一昨日、全日本わかば愛好会の副会長であり、歌人で詩人のJ島さんとしたばかりだったから、なおのこと、吉野弘の死を、何かが私に知らせたような不思議な気持ちになってしまった。

    吉野弘を知らずとも、「祝婚歌」はみな知っているだろうか。
    結婚式のスピーチなどにもよく引用されている。
    もう数年前だと思うが、河原塚祐子さんがブログか何かにこの「祝婚歌」の全文を載せたことがあった。
    「あっ、吉野弘だ!」と私は思ったが、私の吉野弘への少年の想いと河原塚さんの「祝婚歌」への夫婦の在り方としての想いとは、ネットとリアルほどの、あるいは幻想と現実ほどの違いがある気がして、特にその時はコメントしなかったと記憶している。


    祝婚歌


    二人が睦まじくいるためには

    愚かでいるほうがいい

    立派すぎないほうがいい

    立派すぎることは

    長持ちしないことだと

    気付いているほうがいい

    完璧をめざなないほうがいい

    完璧なんて不自然なことだと

    うそぶいているほうがいい

    二人のうちどちらかが

    ふざけているほうがいい

    ずっこけているほうがいい

    互いに非難することがあっても

    非難できる資格が自分にあったかどうか

    あとで

    疑わしくなるほうがいい

    正しいことを言うときは

    少しひかえめにするほうがいい

    正しいことを言うときは

    相手を傷つけやすいものだと

    気付いているほうがいい

    立派でありたいとか

    正しくありたいとかいう

    無理な緊張には

    色目を使わず

    ゆったりゆたかに

    光を浴びているほうがいい

    健康で風にふかれながら

    生きているなつかしさに

    ふと胸が熱くなる

    そんな日があってもいい

    そして

    なぜ胸が熱くなるのか

    黙っていても

    二人にはわかるのであってほしい




    ついでに、「夕焼け」という詩も掲載しておきたい。

    夕焼け

    いつものことだが
    電車は満員だった。

    そして

    いつものことだが

    若者と娘が腰をおろし

    としよりが立っていた。

    うつむいていた娘が立って

    としよりに席をゆずった。

    そそくさととしよりが坐った。

    礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

    娘は坐った。

    別のとしよりが娘の前に

    横あいから押されてきた。

    娘はうつむいた。

    しかし

    又立って

    席を

    そのとしよりにゆずった。

    としよりは次の駅で礼を言って降りた。

    娘は坐った。

    二度あることは と言う通り

    別のとしよりが娘の前に

    押し出された。

    可哀想に。

    娘はうつむいて

    そして今度は席を立たなかった。

    次の駅も

    次の駅も

    下唇をギュッと噛んで

    身体をこわばらせて---。

    僕は電車を降りた。

    固くなってうつむいて

    娘はどこまで行ったろう。

    やさしい心の持主は

    いつでもどこでも

    われにもあらず受難者となる。

    何故って

    やさしい心の持主は

    他人のつらさを自分のつらさのように

    感じるから。

    やさしい心に責められながら

    娘はどこまでゆけるだろう。

    下唇を噛んで

    つらい気持ちで

    美しい夕焼けも見ないで。




    おととい話したばかりのJ島さんに「吉野弘死んだ。これで、I was gone だ」と伝えたら、J島さんはこのようなメールを送ってきた。

    「いや、ここは、I have gone だよ」


    吉野弘さん、さよなら。
    詩は生き続けるね。
    たとえ、I was bornでも。


    合掌。
    コメント

    お久しぶりです

    詩は生きていますね。

    そうでしたか、確かに数年前『祝婚歌』を日記に書き込みさせていただいてました。そのように思われていたなんてつゆ知らず。

    『雪の日に』もとても好きな詩です。

    わたしが吉野さんの詩に触れたのは『祝婚歌』の日記の頃でした。森井さんもお好きでしたのね。これを機にほかの作品も読んでみたくなりました。最近は俳句ばかりになり詩を書くことも少なくなり、書けるようになりたいです。

    Re: お久しぶりです

    河原塚さん

    何でも語るように見えて、あえて語らないこともあります。
    あの日記はそういう迷いの中で印象に残っています。
    僕も改めて吉野弘を読み直すつもりでいます。

    俳句良いと思います。
    詩も書く必要に迫られたら書くでしょうし、気の向くまま、創作活動続けてくださいね。

    持ち前のやんわりさで。
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