第三回福岡ポエイチ外伝『純粋表現者としてのおさだあつとし論』

    私は、表現とは何であるか、を知らない。
    だが表現とは何であるかを考える時、おさだあつとし氏を知ると知らないとでは、結論がまるで違ってくるのではないか。
    シンガーソングライターおさだあつとし氏は、テクニックを極力廃する。
    生のままの表現衝動をのみ提示する。
    これを無意識でやってのけているならば天才であろうし、意識的にならば才人であろう。
    第三回福岡ポエイチ二日目も残り1時間をきった頃だった。
    悲劇のシンガーソングライター・おさだあつとし氏が来場した。
    おさだ氏の存在を初めて知ったのは、以前訪れた福岡ポエトリーというオープンマイクイベントだ。
    この時の第一印象での衝撃も以前ブログに書いた。
    そのおさだあつとし氏が突如やってきたのだ、むしろ、乱入してきた、といった方が場内の緊張感が伝わるだろう。
    会場内をおさだ氏は縦横無尽に歩き回るのだが、出展者は、おさだあつとし氏のオーラに気負けするのだろう、皆一様にうつむいている。
    おさだあつとし氏にはある種のオーラが迸っていた。
    私は、おさだ氏に関心があり、彼のことを調べていたので、そのオーラが純粋表現者のみが持つオーラだとわかっていたが、ほとんどの出展者は知らなかったのではないか。
    しかしながら作家としての嗅覚で何かを感じ取ったのか牟礼鯨氏が私に尋ねてきた。
    「彼は誰だ?」
    「あの人が悲劇のシンガーソングライターおさだあつとしさんだよ」
    このように全国的におさだあつとし氏を知る人は少ない。
    だが福岡のミュージックシーンではコアなファンを獲得し、数十年にもわたり音楽活動を続けているベテラン表現者である。



    おさだあつとし氏のライブ映像を観てもらえばわかるが、とても何十年もやっているこなれた感じがしない。
    よくヘタウマを狙うという。
    だが、そんなもんじゃない。
    おさだあつとし氏のライブ、その日常での言動などを観察していると、自ずと言葉にできない答えがでてくる。
    おさだあつとし氏は何をしているのか。
    〈何か〉を表現しているのである。
    観るもの聴くものに〈何か〉の啓示を与えているのである。
    それが〈何か〉かは人それぞれが感じ取ればいい。
    私は、友川カズキ氏も好きなのだが、友川氏を好む気持ちとおさだあつとし氏に魅了されるものは、そんなにも違わない。

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