文学フリマ事務局が主体となって行う「文学の公募新人賞の応募要項を改正するキャンペーン」への不快感宣言!ー文学フリマを救う会

    9月初旬だった、と思う。
    文学フリマ事務局から「文学の公募新人賞の応募要項を改正するキャンペーン」への署名協力要請のメールがきた。
    現在、文学の公募新人賞は未発表のものに限るとなっているのだが、この各出版社の規定を、同人誌及びWEBへ発表した、さらには、文学フリマで発表したもの、非商業出版のものは応募可にせよ、という署名を、今人気の署名サイトで集めて各出版社に送りつけよう、と、まあこういう主旨だった。
    詳細は、下記、文学フリマHP内にわざわざページまでこしらえてあるから、興味がある人は見てもいい。
    文学の公募新人賞の応募要項を改正するキャンペーン署名にご協力ください
    この時のメールには、この署名サイトの実績例で、なんとあの「ろくでなし子」も釈放されたと書いてあった。
    しかし、ろくでなし子が、もし仮に、署名サイトの署名により釈放されたのなら法治国家として由々しき事態であろう。
    それは、まあいい。
    問題は、文学フリマが、いつから新人賞の、あるいは出版社の傀儡になったのか。
    このキャンペーンが、文学フリマの終焉、すなわち文学(流通)運動の終わりを自ら宣言したことに事務局は気づいているのだろうか。
    しかし、全くもって不可解だが、何故、今さら、こんなことを言い出したのだろう。
    もう、そんな時代ではないじゃないか。
    WEBで人気が出たものは新人賞なんてものにわざわざ応募しなくとも出版されているし、同人誌はともかく、自費出版でもヒット作は無数にあるじゃないか。
    このキャンペーンは時代錯誤だよ。
    だいいちもし仮に出版社の目にとまらぬ秀作があったとしても、純粋なる「非商業」と言えるようなものがあるのか。
    たとえばWEBでも人の来ないブログで無料で読めるものに細々と書いているなら話はわかる。
    同人誌でも、基本会員にしか配布しませんなら話はわかる。
    あるいは、「一応値段はつけてますがね、そんなに売る気もないので買いたい人だけ買ってください程度の感じで、もうひっそり、まったく宣伝もせずにね、もちろん文フリにも行ったことありませんよ、売る気ないんですからね、ただただもう黙々とやっております、はい」という同人誌なら話はわかるよ。
    しかし、今の時代に、そんな人は、ほとんどいないじゃないか。
    今や、WEBでも文フリでも同じようなもんだ。
    「よろしくお願いします!買ってください!」とわめいたりして押し売りのごとく売っている人。
    「一生懸命書いたんですよ!買ってくれなきゃ私死にますよ!」的に自殺をほのめかし売っている人。
    「買ってよね、買わなきゃ絶交よ」と友情を逆手に取ったマルチ商法的にどうにかして売ろうとしている人。
    そんな人たちが、「でも、非商業だからね!」と本当に胸を張って言えるか?
    私もそうだが、世間的には非商業かもしれないが、一方では、一丁前に、ついこの前まで、「我々は最先端の商業だ」と気取っておきながら、どの口でそんなことが言えるのだろうか。

    私は、独りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑しつづけて来た者たちに、どうか仲間に入れて下さい、私が悪うございました、と今さら頼む事も出来ません。ー太宰治「美男子と煙草」より



    基本的に、そもそも新人賞なんて、今さらどうでもいいのだ。
    新人賞なんてのは20世紀の遺物だ。
    確かに20世紀中盤から後半半ばまでは機能したのだろう。
    だが、今やもう、いや随分前から、実質のない名前だけのものじゃないか。
    新人賞とったってどうなるわけでもないじゃないか。
    今更、何を言っているんだろう。
    我々は、21世紀に生きているのに、何を言っているのだろう。
    まだ20世紀を引きずっている愚鈍で時代遅れの奴等と一緒くたにされて、みんながみんな、このことを望んでいると思われても困る。
    文フリこそが革命じゃないか。
    行き詰まりを感じているのはわかるよ。
    だからといって、時計の針を戻したところで、時は戻らない。
    いい、何もいうな、気持ちはわかるよ。
    きみは、電子書籍で敗北し、amazonで敗退し、頼みの綱の文フリも未だただの同人誌の集会であるから、このことに歓喜する気持ちもわかるんだよ。
    だけども、このキャンペーンが成功したところで、何も変わりはしないよ。
    付け焼刃だよ、ただの問題の先送りだよ。
    本当に文学の質を高めたいなら、初心にかえって文学フリマというリアルなイベントがあるのだから、その現場を高める方法を考えることが事務局の仕事であって、こんな時代錯誤のキャンペーンなど鼻で笑ってこその文フリではないか?
    本業である文学フリマというイベントを面白いイベントにすることで、自然と文学を志すものが増え、集まり、面白い読み物があれば読者も自然と集まり、わざわざこっちから頭を下げて行かなくとも、向こうの方から、文学フリマという場に新人を発掘しに来ざるを得なくなるのではないか?

    だいたい、
    我々は、本当に、プロとやらになりたいのか?
    それとも、
    21世紀の新しい文学人になりたいのか?

    私は後者だが、きみはどっちなんだ?



    文学フリマを救う会 森井聖大
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