マイペース・マイワールド

    東南から来たはずだが、いつからか日本人。

    母の認知症から

    認知症の本を数十冊購入した。
    先日、老人ホームに見舞いに行った際、こういうやりとりがあった。
    まずホームに入った際、施設長に挨拶した。
    すると施設長はこう言った。
    「最近、認知症がひどくなってまして」
    しかし私は余裕で、こう言い返した。
    「今までもありました。老人というのは誰でも意識の混濁と明瞭とを行ったり来たりするもんなので、大丈夫ですよ」
    施設長は、
    「そうですか、それならいいのですが」
    と不安げな笑みを浮かべた。
    それから、どれどれ、どの程度のものか、と余裕の心持で部屋に入った。
    「調子はどう?」
    「ああ、この前、パチンコに行ってね」
    母は寝たきりで視力もないから、どこにも行けない。
    夢の話だろう。
    寝たきりのせいで、前々から、よく夢の話をする。
    それはそれで微笑ましい。
    ああいう夢を見た、こういう夢を見た、という話を聞くのは、なかなか楽しいものだ。
    「おお、それで、勝ったかい?」
    「勝った。でも交換する時間がなかったから、玉を持って帰った。ベッドの下にパチンコ玉が入ったビニール袋がある。それあげるから、交換して、何か美味しいものでも食べなさい」
    もちろんベッド下にパチンコ玉などあるはずもない。
    ここに来て、これは夢の話ではなく、いや夢の話だが、夢の話として語っているわけではなく、現実として語っていることを知る。
    「ほれ、足元のところに」
    母が自慢気に早く見つけろとせっつくように言う。
    私は、どうしたものかと思案したが、否定してもややこしくなるので、ひとまず話をあわせることにした。
    「ああ、これね。あったあった。ありがと」
    母は一安心の表情をした。
    しかし、これは参った。
    この話はこれ以上無理だと感じ、違う話題に変え、しばらく話した。
    話をしている過程で、母はあることに気づいた。
    母は、不意に、独り言のような小さな声で呟いた。
    「あれ、でも、わたし、こんな体でパチンコ行けるかしら」
    私は、ふたたび窮地に立たされた。
    思案したが、妙案は浮かばない。
    もし、ここで、「そうだよ、それは夢だよ」と言ってしまえば、「ああ、夢か」となる確信が持てなかった。
    しかも、さきほど、パチンコ玉はあった、と言ってしまっている。
    私は判断に迷い、その独り言を聴こえなかったことにした。
    どうシュミレーションしても、どっちがどっちとも、どちらも行き止まりのような気がした。
    母の思考の流れが私には読めなかったからだ。
    最後、母の意識においては、再び、パチンコへ行ったことになっていた。
    「パチンコ玉、忘れないように。ちゃんと持った?」
    私は、今日はもう致し方ないと最後まで貫くことにし、持参していたビニール袋を叩き音をだした。
    「うん、持ったよ」
    そう笑顔で言い、部屋を出たのだった。
    しかし、帰り道、このことが、どうにも情けなく感じ、悔しくもあった。
    これであっているのか、不安でしょうがなかった。
    だから、早速、数十冊もの認知症の本を購入した。
    認知症を知らない状態ではうかうか話をすることもできない。
    この中には、もちろん、有吉佐和子の『恍惚の人』もある。
    実は、これを機に、認知症の小説を書くつもりでいる。
    前回の文学フリマで、どの作品を指して尋ねたかはわからないが、
    「かなり詳しい描写ですが、取材とかしているんですか?」
    と聞かれた。
    だが特にこれといって赤の他人に取材をしたり、わざわざ知らない土地に調査に行くことはしない。
    ただ、どういう理由からか、私の周りに集う人は一風変わった人が多い。
    身近な人が興味深いものを持っているので、そういう身近な人をより深く知るために足しげく通い話を聞き、それにまつわる本を数十冊読むくらいだ。
    言ってしまえば、家族や友人や自分自身を小説のネタにしている。
    取材といえば、人生そのものが取材だ。
    そして、小説を書く過程において、さらに意識していなかったことが言語化でき、新しい発見ができる。
    書きながら考えるという習慣がいつのまにかついてしまっている。
    認知症とは何なのか、結論は書き上げた頃にわかるだろう。
    もちろん誰に強要もしない、私なりのさななのだろうが、それでも、この高齢化社会の普遍的な現代病に、全く新しく(味わい)深い価値観を提示できたらいいな、と秘かに大それたことを考えている。



    Posted by ポリネシアンハート on  | 0 comments  0 trackback

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