映画レスラーを観ての感想ーミッキー・ロークへ捧ぐー

    コリンウィルソンのアウトサイダーを読んでもイマイチ核心に迫らない。アウトサイダーでない人向けなのだろう。アウトサイダーは1956年に出版され世界的なベストセラーになったが、しかしもう既にその約10年ほど前に日本では坂口安吾が堕落論その他の評論で「各人が各々の独自で個性的な生活を目指すのでなくて、一体何が人生の目的なのか」という答えまでも導き出している。中井久夫の分裂病と人類でのS親和者とコリンウィルソンのアウトサイダーは同じ人をさす。中井久夫は1970年代だから更に20年後だ。1940年代の坂口安吾などのデカダンも同じ意味だ。S親和者だけに多少違う要素があるとすれば精神病が基軸だから受動的な素因のみで能動的な要素(意志の働き)を考慮しないところだ。中井久夫とコリンウィルソンはそういう者がいる程度の紹介であるので、読者にはっきりとした答えなど用意していない。そもそもアウトサイダー(あるいはS親和者)でない人向けに「こういう人がいます」的な紹介だからだろうが、そこは読者層が違う私や坂口安吾などともなると「そのことはもうわかった。ではどう生きればいいのか」という答えまでをも考慮し著述している。その答えの書が、坂口安吾でいえば堕落論など一連の評論であるし、私で言えば超S宣言になるだろう。読んでいない人は是非読んだ方がいいだろう。きみの人生における問題のほとんどが解決されるはずだ。

    宇宙適 超S宣言: 宇宙時代の処世術

    堕落論 (角川文庫)

    さて、ミッキーローク主演のレスラーを観た。実は二度目だ。この作品は叙情的だ。というのも、1980年代、私はミッキーロークが好きだった。抱かれてもいい男を尋ねられると決まってミッキーロークと答えていたほどだ。ハリウッド最後のアウトサイダー俳優だ。猫パンチ事件など色々あった。去年もボクシングで対戦相手に負けてもらったらしいがそれでいい。社会的には間違っていても人間として正しい。たかが俳優をセレブと呼び、たかが俳優が慈善活動をするような、おかしな時代だ。そもそも、いつから、たかが俳優に品行方正、聖人君主まで求めるようになったのか。全く意味がわからない。ミッキーロークは数年前にも酒を飲みバイクに乗っていたことで逮捕されている。80年代までは大スターだったが、最近品行方正でないと俳優もできないらしい。日本で言えば、ショーケンこと萩原健一なども大スターだったが、同じような理由で、今の世の中ではメディアには出れないだろうし、安部譲二など、80年代まではそういう大らかなものもあったが、今は嘘の塊みたいな社会になって、人間性の欠片すら見せても排除だ。刑務所にしろ、精神病院にしろ、鉄格子のなかだ。前回語った小向美奈子もこの時代のなかで活躍する場は刑務所かAVのみだ。こういう話をしたら、誰かが、「いや、この人もアウトサイダーなのにメディアで活躍している」と言ったが、それはアウトサイダー風味というだけだ。みりんではなくみりん風味だ。リボビタンではなくドルドミンだ。

    映画レスラーの話に戻そう。家族を捨てプロレスだけに生きてきた男がいる。若い頃からスターだったが心臓発作をおこしプロレスを引退しなければならなくなった老いたレスラーだ。以前のミッキーロークを知っている人が観れば自ずとミッキーロークの実人生とも重なる。映画内の主人公ラムの台詞はミッキーロークのリアルな言葉にも聴こえる。プロレス引退を決め、スーパーの惣菜売り場でフルタイムで働き始めるが、もともと社会とは馬が合わない。長くは続かず、スーパーマーケットで「やってられるか」と大暴れし、心臓バイパス手術をした体で、「おれには誰もいない。何もない。プロレスしかない」と再びリングにあがる決意を固めた。リングに上がる前、恋人になりかけたストリッパーが「私がいるじゃない。試合をしたら死んでしまうじゃない」と止めるが、だが、控え室から出て行き、リングを眺めながら、ラム(ミッキーローク)は言う。
    「おれが痛めつけられるのはリングの上じゃない。いつだって外(=社会)だ」
    恋人は黙って会場から去る。試合途中、心臓発作に襲われたラム(ミッキーローク)を見て対戦相手が「もう十分だ、終わろう、フォールしろ」と言う。だがラム(ミッキーローク)は朦朧とした意識のなかで、トップロープに登り、ファンの声援に応え、必殺技であるラムジャムをくりだすべく宙に舞った。ここで映画は終わる。最後は多分そのまま死んだのだろう。ストーリーが漫画っぽいという人もいる。確かに物語だけを見ればよく漫画にある。だが、それではこの映画の半分しか観ていないことになる。ミッキーロークを知っていればまるで見え方が違うのだ。ミッキーロークの映画をずっと観てきた人がみれば、これがただのレスラー映画ではなく、意識や気持ちの問題でもなく、ましてや美化でも極論でもないことがわかるだろう。これは映画であるが一人のアウトサイダーの実人生を描いたドキュメントだ。ミッキーロークはこの作品でアウトサイダーの生き様を演じ再び返り咲いた。若い時分にいつ死んでもおかしくなかった。もうあのミッキーロークも62歳だ。死なずに生ききってくれた。もう大丈夫だろう。そして、こうして、俳優らしく、映画において、若かりし日のニヒルに最終的な結論をだした。アウトサイダーにとって幸せとは何か。ラムがファンのためにトップロープから飛んだように、我々ファンのためにミッキーロークはラムを演じきったのだ。


    終わり。

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