マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    『絶歌』第二部を読んでー『何故?』の読者だった元少年A-

    私の枕元には、今、元少年Aが書き下ろした『絶歌』という書物がある。
    この本は、二部構成だ。
    第一部は犯行時の追憶、第二部は少年院を出てから今現在の状況を綴っている。
    まず第二部を読み終えた。
    犯行時のそれはマスメディアを通じてある程度知っている。
    私は、私の知らない、少年院を出てからのかれの生活と今の状況を知りたかった。
    文章は軽快で、(「やれやれ」の多用も目立ち)、村上春樹の影響があるのかな、と読み進めていたら、案の定、著者自身、三島由紀夫と村上春樹を濫読した、と書いてあった。
    そもそも活字を本格的に読み始めたのは少年院時代からだったらしい。
    読書療法として世界文学の差し入れをされたことからはじまった、と。
    ちょうど10代後半の同じ年頃に私も文学に接した。
    元少年Aも、ドストエフスキー、ヘッセ、坂口安吾、島崎藤村、メルヴィル、夏目漱石など、他にやることもない独房生活で読んでいったとのことだが、私も、別段少年院に入らずとも、誰に差し入れされることもなく読んでいった。
    さすがに太宰治は差し入れ図書にはならなかったのだろうか、安吾の名はあったが太宰の名は書いていなかった。
    それはともかく、多分、他の多くの人も、大体15歳~20歳くらいまでに、文学へ傾倒する時期があったはずだ。
    かれは、14歳から21歳まで普通の人と違う生活を送ったことに劣等感を持っていると書いていた。
    だが、こと読書体験、文学体験においては、そのような劣等感を感じずとも良い。

    第二部は、死刑がゴールだった殺人界のトリックスターが、何の因果か「生きよ」と命じられ、社会で無理やり生きることを強いられた物語だ。
    そうして、かれは、他の多くの青年同様、もがき苦しみながら、文学へ救いを求める。
    罪とは何だ?
    かれは、自身とドストエフスキー『罪と罰』における主人公ラスコーリニコフとをだぶらせる。
    神がいない我々に、救いの言葉はどこにもなく、自問自答するしかない。

    大人になった今の僕が、もし十代の少年に「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。

    「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」

    哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来十一年間、重い十字架を引き摺りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった。



    とても素直な青年だ。
    美辞麗句や詭弁を弄さず、批判されることを承知で、率直な言葉を書いている。
    人間社会に対する、このような真理を悟ったならば、かれが(死なずに)生きることができる世界は、もはや文学しかないだろう。

    僕は自分の喪われた人生に、その抜け殻のような人生に、言葉でもう一度息を吹き込みたかった。そうすることでしか、生きることができなかった。僕にとって「書く」ことは、自分で自分の存在を確認し、自らの生を取り戻す作業だった。
    (中略)
    僕はクリエイションによる自己回復を絶えず志向し、試みていたのかもしれない。何かを創り、表現することで、必死に自分で自分を治そうとしたのかもしれない。そうして僕が最後に行き着いた治療法が文章だった。もはや僕には言葉しか残らなかった。



    また、この本の最後に、遺族の方へ向けたあとがきがある。
    そこに、こんな文章があり、私は、ああこの元少年Aという青年は『何故?』の読者であったか、と確信した次第だ。
    かれが、どれくらい『何故?』を読んでいてくれたのかは知らない。
    もしかしたら一冊だけかもしれないし、毎号買っていたのかもしれない。
    多分、東京の文フリ、または模索舎、あるいは福岡ポエイチや名古屋コミティア、もしくはHPから買って読んでくれていたことしかわからない。

    この本の中に、皆様の「何故」にお答えできている部分が、たとえばほんの一行でもあってくれればと願ってやみません。



    言うまでもなく、『何故?』を知っている人ならわかるだろうが、これは『何故?』の時の私の決まり文句だ。
    私は、同じ文学の徒として、この元少年Aを応援したい。
    まだ、未熟な書き手ではあるが、かれにしか書けないテーマがある。
    かれが最後に辿り着く答えは何だろう。
    人間とは?
    社会とは?
    そうして。
    なぜ、生きなければいけないのか?
    なぜ、人を殺してはいけないのか?
    この自問自答の物語を、ぜひとも、提示してほしい。
    無論、おざなりな美辞麗句でなく、どのような批判を受けようとも、真の言葉で綴ってほしい。
    書いて、生きよ!


    すべての文学青年たちへ捧ぐ!



    Category : 読書・映画
    Posted by 森井聖大 on  | 0 comments  0 trackback

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