マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    一期一会 ー友川カズキ独白録ー

    7月19日に、福岡の徘徊堂で、友川カズキさんの出版記念ライブがあったので行ってきた。いやはや、行ってよかった、本当に。もうもう、大げさに言えば、生きてて良かった。もう4.5年前からyoutubeで一人こっそり聴いていた、というか観ていたからね。で、一年ちょっと前になるかな、前々回の第三回福岡ポエイチの打ち上げの時ね。三角みづ紀さんと牟礼鯨と飲んでたんだけど、ふと思い出してね、中原中也賞を受賞している三角さんに、こんな話をしたことがあったんだよね。「そうそう、中原中也といえばさ、友川カズキって変なおっさんが中也の詩に曲つけて歌っているの知ってる? おれ、あの人、好きなんだよね」まあ、どうせ知らないだろうみたいなノリでね。そしたら、思いも寄らぬ返事がかえってきてね。「ええ、よく知ってます。中也繋がりで。何度か食事にも行ってますし、詩集の解説も書いてもらいました」さすがに、この時は慌てたよ。まさか知り合いとは思わず、迂闊に「変なおっさん」呼ばわりしてしまったわけだから。これは友川カズキ的に「一切合財世も末だ」だよ。まあ冗談はさておき、その時の模様は、以前のブログに書いているんだけど、少しばかり話すと、いつものように世界文学以外に不勉強な牟礼鯨が茶々をいれてきてね。「ともかわかずき、誰それ?」「知らないのか。サーカスとか歌っている人よ」「ああ、ゆあーんゆよーんゆやゆよーん、か」牟礼鯨は中原中也も友川カズキさんも馬鹿にしたように妙な節をつけて歌ったな。まあ、こんな出来事があったのが、約一年前だった。で、その時、やっぱ、賞とっていると良いことあるんだなあと思って、三角さんが心底羨ましかったね。友川さんと食事なんて、西村賢太みたいに芥川賞くらい取らないとお近づきになれないだろうと思ってね。反商業主義とか言っててもこれじゃダメだなあ、なんて思って気落ちしたりもしたわけよ。でも、何だかね、そんなもの、やっぱ関係なかったよ。友川さんと飲めたし色々なことを教えてもらったんだよね。早速、帰宅して、購入した『友川カズキ独白録ー生きてるって言ってみろー』も読了した。

    ということで。
    昨日と一昨日のこと思い出しながら、友川さんとの邂逅を、予告どおり報告するよ。

    ライブはね、徘徊堂っていう古書店でね、本に囲まれた特設ステージだったよ。

    徘徊堂友川カズキ

    はじめ、パッと見、これは文学通の友川さんっぽいなと思ったけど、正直、最後は、ああ本が邪魔だと思ったね。友川さんの後ろに破れた汚い文庫本ならまだしも立派な本があるのは似合わない気がしたんだよね。どっちにしろ、文字ってどうしても目に入るから、気が散るんだよね。多分、友川さんも気が散ったんじゃないかな、と思う。そう、思わせるようなライブだったね。本の中にも書いてあったけど、ライブも常に同じ質でできない、特にはじめての場所ってなかなか難しい、みたいなこと言ってたけど、そんな感じがした。だから、一部は、どうにも元気ないな、遠慮してるのかな、という感じだった。でも、休憩挟んで、二部から、少し良くなったね。トークの中でね、一部では一人称がずっと「私」だったんだよね、でも二部のはじめで「おれ」って二回言ったんだよね。一人称が変わったなって思って、それからどうなるか観てたけど、また「私」に戻った。でもこの「おれ」ってところから良くなったね。休憩でなんかリラックスしたのかもなと思う。

    2時間ばかりのライブが終わって、次はサイン会があってね。私も並んでサインしてもらったね。話す勇気はないけど、間近で見たくてね。そうしたら前の人がラーメン屋らしくて、その店名を宛名にお願いしてた。すると、友川さんは「福岡なのにとんこつではなく鶏ガラとはいいね」とか結構しつこく聞いててね。

    ライブ後、打ち上げがあるとのことで、まあいつものように図々しくお邪魔させてもらってね。いっぱい来るんだろうなと思ったら、ほとんどスタッフばっかりでびっくりしたね。別に話はしなくても、動画は全部見てるし、本も買ったわけだから、改めて何もないんだけど、ただせっかくだから観察しようと思ってね。友川さんが「よし、行こう」なんて言って、居酒屋まで歩いて行く途中だったな、いきなり友川さんが私の横に来てね。「これ、飲んでいいよ」って、今まで歩きながら自分が飲んでた焼酎をくれてね。いつもは人の酒は「おれの唾を飲め」って意味だから「いらない」と言うところなんだけど、友川さんの唾だからね、喜んで飲みかけの焼酎をもらったよ。それから店に着くまで、並んで話したね。まあ少しだけライブで疑問に思ったことを聞いたんだよね。同人誌時代の作品を知っていた『天皇ごっこ』で注目されてからの見沢さんの世間のイメージにあわせた仕事ぶりと、ちょっと重なってね、その嫌な感じの方向性にいくような危うさが少し見えたんだよね。私くらい何の取り柄もないと安心だけど、才能ある人は世間から色々と求められるから大変だろうなと心配になってね。生計を立てるって意味でのプロってのは、イメージにあわせる仕事もしなくちゃいけなくなるんだろうけど。でも、その時、聞いたこと、全部本に書いててね。家に帰って本読みながらね、なんかあの時、六本松の工事中だった陸軍墓地のフェンスにしがみついてね、何かをじっと見つめている友川さんの姿と、並んで歩きながら交わした言葉が、そのまま蘇ってくる不思議な体験をしたよ。

    まあ、そんな感じで、居酒屋に入ってね。遠くから見ていようと思ったんだけど、たまたま斜め前に座ってね。それで、まあ一年前、永遠に来ないだろうと思っていたことが、不意に訪れたわけ。何だか夢のような気持ちになったよ。あ、おれ、何か知らんけど、いま友川カズキと一緒やん。よくわからないけど、4.5年間、画面でのみ、あとはもう歌だけ聴いてた人が目の前にいるわけよ。「おまえ、何飲む?」とか聞いてくるわけよ。もう何か不思議だよね。おれ、芥川賞とってないし、何者でもないけど、友川さんと飲めたじゃん。もう気分がよくなってね。

    何故だか、福岡でのライブなんだけど、友川さんを囲んでいるのみんな大分県人ってよくわからないことになっててね。奇妙な光景で、「あら、あなたも大分県?」みたいなノリで話してたら、どうにも友川さん、その場の空気に抵抗したくなったのか「おれ、鳥天は認めないね。唐揚げの方が断然美味いね」と、それこそ本当にどうでもいいことを主張されてね。それから私がいつものようにわかばを吸っていたら、友川さんがピースをくれてね。「高級たばこ、ありがとうございます」って皮肉交じりの言葉を言ったら、「うるせえよ、そんなこと関係ないんだよ」と怒ってね。なんかいきなり怒ってくれたから、気が楽になってね。一応、言っておこうと思って、「おれは、ナイナイの岡村が言う前から、友川さんを見つけて、周りに宣伝してたんですけどね」と言ったら、「おまえじゃ、影響力ないよ。二人くらいだろう」と苦笑してたよ。それから、もう色々と言わせてもらって、聞かせてもらったよ。まあ、全部に答えてくれたね。今度11月に横浜アリーナでライブやるって言ったから、「ギャラいくらですか?」と聞いたら、「3億円」とか言ってね。「どうでもいい」と「生意気なやつだな」と「射殺するぞ」も含めてね。何でもいいんだよね、本当は。友川さんと飲めた、それだけでいいんだよ。

    太宰治の話とかもしてね。「おまえ、地主は読んだか」と聞いてきてね。『晩年』以降は全部読んでいるけど、それは読んでないと答えたね。太宰が高校時代、プロレタリア文学流行の時に書いたやつだし、あんまり興味なかったからね。だから「で、中原中也は敬愛して評価しているようですが、友川さんにとって太宰の評価ってどんな感じですか?」と聞いてみたのよ。そしたらかなり真顔で怒ったね。「評価とか偉そうなこと言うな。おれもおまえも何かを評価できる立場じゃない。おまえ生意気だ」何か気づかされたよ。だって大分の場末のBARでもよくこういう話になったり、同人作家同士でもこういう話って当たり前にしてるんだけど、「おまえ、何者なんだ」と問われてね。「ああ、やっぱ、おれって素人なんだ」って思ったね。でも、何ていうか、その反面なんだけど、素人でいいなとも思えたね。好き勝手言いたいなって。こんなブログも無料でさ、好き勝手書いてるわけよ。「おれ、何者でもないしね、逆に何言ったっていいじゃん。いわば無敵の素人じゃん。プロは大変だな。ざまあみろ」って開き直りたくなっちゃったね。まあ、それからも色々と話をさせてもらって、「おまえ、生意気だ」って褒められたよ。その時は、生意気だって何回も言われて、いつ殴られるかと冷や冷やしてたけどね。家に帰って『友川カズキの独白録』読んで気づいたけど、これは褒め言葉だったみたい。最後、「こいつ、よくわかってるよ。すごい知ってるよ」ってわざわざ伝えてくれてね。あれもその時はよくわからなかったけど、これを言ったらまた怒られるかもしれないけど、友川さんってそういう人に恩を売るところがあるね。だから、これも驚いたけど、事務所も何もなくて、スタッフってみんなボランティアだって。はじめびっくりしたけど、最後には、その意味が自然とわかったよ。もうなんかね、宴会の時もそうだけど、ものすごく気を使ってね。名前もきっちり覚えるし、私が、「あちらの、あの人はどういう方ですか?」なんて質問したら、「ああ、彼は」とか「彼女はね」とかすぐに答えてくれるしね。空いた皿は片付けるし、料理が来たら、まず自分が毒味みたいに味見してね、みんなに「これ美味しい。熱いうちに食べたほうがいいよ」ってすすめるんだよね。これが宴会師ってやつかと思ってね。どうにも真似できないと思った。太宰治なんかも気を使って歓待ぶりがすごかったらしいから東北人の気質みたいなものかと感じたなあ。

    「おまえ、明日も来るんだろ?」と友川さんが聞いてきて、「いや、わかんないですよ。気分次第ですよ」と言ったら、「そうだ、自由だよ。自由でいいんだよ」って言ってくれたけどね、0時ごろ宴会が終わって、宿を取ってなかったから、ネットカフェで寝てね、また次の日、ジュンク堂でのサイン会と丸善でのサイン会と、もうストーカーのように付いてまわったね。ジュンク堂でのサイン会のトークで、前述のラーメン屋さんに食べに行ってきた、と話してたよ。ラーメン屋さんの名前までだしてね、美味しかったとか宣伝してあげててね。なんか本当に情深い優しい人だなって思ったね。でも友川さんのその宣伝はまあ影響力ないだろうなと思ったね。行かないよね、博多で鶏ガラスープなんて。効果は私と同じく2人くらいだろうね。

    2日間、友川カズキさんを生で見ながら、『友川カズキ』について、ずっと考えてた。
    友川カズキさんというリアルなドキュメントを、自問自答しながら、自分を見つめるように見つめていたような気がする。

    帰宅後『友川カズキ独白録ー生きてるって言ってみろー』を一気に読み終えたよ。この本は、口述筆記で書かれていて、だからこそ、友川カズキさんの肉声を聞いているような気持ちで読めたよ。







    ※ちなみに、今回の私のブログは口述筆記ではありません。

    Category : 読書・映画
    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

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