マイペース・マイワールド

    金持ち喧嘩せず

    ありがとキツネ

    引越し業者が来た。
    警察と同じようにベテランと新人の二人組だった。
    ベテランのおじさんは見ていて気持ち良いくらいにテキパキと梱包していった。
    それを新人のそれほど若くない30代の青年が部屋から運び出していく。
    完璧なまでに知力と体力を分けた役割分担だ。
    30代の青年はたまにベテランの50代のおじさんに怒られていた。
    青年はこの業界に入ったばかりのようだった。
    これまで普通に生きてきて職を転々としてきたのだろうか、それともひきこもりで初めての仕事なのだろうか、もしくは精神的な病で入院していたのだろうか、それとも刑務所から出てきたばかりなのだろうか。
    私にはわからないが、文句一つ言わずにもくもくと仕事をしている姿に、ベテランのおじさんの技術以上の感銘を受けた。
    人間の習熟した技術は目をひく。
    しかしながら、やはり最後は気概なのだろう。
    どちらにしろ私がこのように感じ取れるのはキツネが去ったからである。
    キツネがいる時は人間は敵でしかなかった。
    なんせキツネの思考で世の中を見ていたのだから。
    だが今は違う。
    キツネは去った。
    私はようやく人間として人間を見ることができるようになった。
    そうして、こうも思う。
    一時期でもキツネの思考で生きることは、あながち悪い面ばかりではないと。
    この世界に生きるのは人間ばかりではない。
    キツネだって生きている。
    キツネに取り憑かれたからこそ見えない世界を見ることもできたのである。
    キツネに憑かれてもよい。
    キツネを追い出したあと、キツネツキのあとに見える世界、そこにこそ、この世のありのままの姿がある。
    それがユタやシャーマンが尊重される意味なのだろう。
    キツネが神の使いか悪霊かはどちらでも良いのである。
    大事なことは永遠に日本人に取り憑き我々の目を開かせることにあるのだ。
    それがキツネの意味なのだ。
    だが、もう、さよならだ。
    今度は誰に取り憑くのか?
    頑張ってくれたまへ。
    奮闘を祈る。
    キツネよ、ありがと!
    さらばキツネよ!
    もう私は大丈夫だ!


    今日のオススメ本


    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

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