妻の名は鏡子

    熊本に来て漱石のことばかり考えている。

    それというのも熊本には今も漱石が居るからだ。
    居るというのは今なお漱石が熊本県民の人心に在り続けているからだ。

    熊本に来なければ漱石に何の関心ももたなかった。
    つまり私は不毛な一生を終えていたことになる。
    そう思うと空恐ろしくなる。

    このことの背後関係を探ってみるとやはり精霊の施しのような気がしてくるのだ。
    ウダウダと40になろうとする私だった。
    痺れを切らした精霊たちが動かぬ私の魂を肉体もろとも持ち上げたのだった。
    40を目前に「漱石を見よ」と皆で力をあわせ私をこの地に連れて来たのである。

    漱石の名は金之助だった。
    そんなことすら知らなかったのだが、人生とは不思議なものだ。
    生とは旅、私は旅人、漱石は金之助。

    そうして何よりも自分自身驚いたことは、今や、この1ヶ月ほどで、漱石の妻の名までも知ったのだ。
    ほんの一ヶ月ほど前は考えもしていなかったことである。
    ここに来なければ漱石の妻の名を覚えることなど一生なかったのだ。

    私は生涯忘れない。
    この胸にしっかり刻み込まれた。
    漱石の、妻の名は、鏡子。










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