漱石クンの家

    夏目漱石の旧居を訪ねてきた。
    熊本での5番目の住まいである内坪井旧居であり妻・鏡子が「ここが一番いい」と言ったとされる家である。
    熊本城から徒歩10分くらいだったと思うが、川沿いを歩くとあっという間であった。
    川を覗き込むと城内から逃げてきたのだろうか、色とりどりの大きな鯉たちが流れに逆らいながら幾匹も泳いでいる。

    裏路地のような場所に漱石邸はあった。

    漱石旧居案内

    借家といっても以前見に行った荻窪にある井伏鱒二邸よりも立派である。鏡子が気に入ったのも頷ける。私も気に入った。部屋数も多く、一家族には広すぎると思ったが、説明板を読むと、何やら熊本五校の先生仲間や学生などに下宿として一部屋貸していたとのことだった。落ち着いた空間である。

    熊本時代の漱石は主に俳句に傾倒していたようであり自作の句を正岡子規に送り批評を仰いでいたそうだ。それと共に俳句の指導者として五校の学生たちと『紫溟吟社』という近代俳句の会を作って遊んでいたそうだ。旧居の説明板にも当時の漱石の句が書かれていたが、一番印象に残っているのは、

    名月や十三円の家に住む

    という句であった。

    前回、大観峰で見た高浜虚子の

    秋晴れの大観峰に今来り

    もそうだが、やはり一番素朴なものが一番良いと思った。

    漱石の九州旅の記録という説明板を読むと我が今はなき故郷・大分へも足を運んでいたことを初めて知った。宇佐神宮や羅漢寺などを訪れている。宇佐の四日市に宿泊したとのことである。私が見た景色を漱石も見たかと想い宿命じみた霊魂の連鎖(魂呼応論)への感慨を覚えた。

    漱石大分旅行

    不思議なことに、漱石が住んでいた場所を訪れると、いつも漱石が今もなおそこにいる。熊本には漱石没後百年を経てもなお至るところに漱石が鎮座し続けているのである。

    漱石からくり人形

    今回もまた旅の記念に記帳をした。なかなか素直な文章が書けた。記帳し終わり、立ち上がると、すぐに次の女性二人組の客人が記帳所に座った。不意に後ろから声が聞こえてきた。
    「なんだかこの森井って人の感想、上から目線だね」
    「ほんと、偉そう」
    確かにそう言われればそうか、と玄関で靴を履きながら思った。
    ほとんどの記帳コメントは気持ち悪いくらい美辞麗句、平身低頭、上の空であった。
    人々の多くにとり漱石はもはや現実ではないだろう。
    しかしながら私にとっては現実そのものなのであるから当たり前だった。
    私は何も漱石の信奉者でも何でもない。
    ただ漱石が「おい」と呼ぶから「おお漱石クン、きみも熊本にいたのか」と家まで遊びに行っただけなのだ。

    漱石旧居玄関



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