和尚、誕生。

    新年を機に髪を剃った。
    実はこれを書くことには随分と迷いがあった。
    皆さんも知っての通り、奇跡の人として、私は多発性円形脱毛症界では有名である。
    このことを書くと皆様の希望を打ち砕く気がしたからだ。
    だが文学の徒として真実を捻じ曲げるわけにはいかないと判断した。
    そもそも去年春先から再び円形脱毛症を発症していた。
    もうどうしようもなくなった。
    私ももう40歳である。
    潔く剃った。
    前回のひきこもり会の席上で、それぞれの悩みを言い合うなか、私は、この円形脱毛症の話題を口にした。
    その時、ひきこもりの方々から温かい言葉をもらった。
    だが、いかんせん、優しすぎる言葉をかけられただけでは悩みは解決しなかった。
    「気にするな」
    いま思えば、その一言が欲しかったのだ。
    その後、紆余曲折を経て、モヒカンにした。
    モヒカンで仕事に行った。
    モヒカンは明らかにおかしい人に見える。
    だが特に同僚の人々は何も言わない。
    年末に娘が熊本まで遊びにきた。
    その時、私の頭を見て、やれやれといった感じで、こう言った。
    「なんで上だけ残してるのよ!全部剃れば!」
    私は首をふった。
    剃ることはいつでもできる。
    しかし次第にモヒカン部分までも抜けてきた。
    そこで昨日剃った。

    和尚、誕生。

    和尚誕生

    多発性円形脱毛症の人々よ。
    二度目の私なりの、この事の結論を言う。
    これは単なる抜けかわりである。
    動物では通常だが、人間では余りいない。
    だが、人間も動物、毛の抜けかわりという行事があっても、何もおかしくない。
    円形脱毛症は遺伝する、という。
    人間という大まかな括りで考えるからおかしくなるのだ。
    同じ人間などどこにもいない。
    わたくしはこういう周期的に髪が抜けかわる特性をもった個体なのだと思えば良い。
    ただ髪を剃ったといっても、誤解のないように言っておくが、今東光や寂聴のように仏門に入るわけではない。
    ただたまに虚無僧の格好をすることはあるだろう。
    片手にペン、片手にザルを持ち、往来にでる。
    詐欺ではない。
    その時、私は、文門の求道者として、そこに立っているのである。

    それでは最後になりますが。

    「はげましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
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