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    【2016所信表明】40歳転機論ー最前線を生き抜く戸惑いからの脱却ー

    まず初めに『40歳転機論』を掲げる。
    40歳転機論とは何であろうか。
    40歳まで生きさえすれば、40歳への戸惑いは誰にでも起こる。
    それまでの人生を我武者羅に生きてきた最前線を走ってきた人間ほど顕著に降りかかる。
    そういう大きな壁が40歳である。
    なぜ40歳が大きな壁になるのか。
    そのことは追々語る。
    まずはわかりやすく40歳転機論を証明すべく数多の実例を挙げてみたい。
    わかりやすいところで言えばTVショーでお馴染みのお笑い芸人であろう。
    例えば山崎方正改め月亭方正氏がそうである。
    彼のwikipediaを見るとこう書いてある。

    40歳を迎えた直後、今後の芸能活動や路線について悩んでいたことやテレビの仕事以外にも舞台にも挑戦したいという思いが強くなったことを東野幸治に相談したところ、東野の勧めで桂枝雀の「高津の富」を、一度はそれまでまったく聞いたことがないことを理由に「古典芸能は…」として渋ったが、その後聴いてみて、その面白さに目覚めたという。その後、「聞くだけでなくやってみたい」と考えるようになった方正は、本格的に落語の勉強を始め、月亭一門に入門した。



    またナイナイの岡村氏がうつ病を発症したのもちょうど40である。
    彼の場合は40を迎える前にこれからの活動について考えた結果の心因性の欝病である。
    wikipediaから抜粋してみる。

    2010年に体調不良により約5か月の長期休養をした。
    6月になると岡村の疲労は完全にピークに達しており、岡村に奇行が目立ち始める。フジテレビでスタッフも見守る中、矢部が岡村に「休みましょう」と休養を勧めた。岡村は当初「休養だけはしない」と仕事の継続を懇願していたが、大谷マネージャーの勧めもあり検査入院し、その後休養することとなった。
    休養によって、一人舞台をはじめ、予定されていたスケジュールはすべてキャンセルされた。



    岡村氏は1970年7月生まれであり、2010年はちょうど40歳の年である。
    6月は39歳最後の月であり、うつ病発症は40歳が目前に迫ったその時であったのだ。
    これからの生き方を模索し、変えたいが自身の意志だけでは変えようがない現実に対し、うつ病を発症し強引な変化をひき起こしたのである。
    ざっと見て、身近なお笑い芸人でもう2人もいる。
    他にあげてもいいが、このくらいでわかってもらえただろう。
    転換の方法は、その人物それぞれの事情により異なる。
    (※私の場合は多発性円形脱毛症であるが、このこと(心身症)についてもまた追々説明したい。)
    だが、目的というか動機は同じなのだ。
    それは、ただ単純に、40歳だからである。

    そういうことで、今年は、一大転機の年である。
    岡村氏のように休養するのか、または月亭氏のように新たな芸道へ進むのか。
    いや、私は、ただこのことを書こう。
    書くことにより、太宰治氏も越えられなかった40歳の壁を越えていく。
    これからの道標として打ち立てる。
    現在一番関心があること、それこそがテーマとしてふさわしい。
    今年は『40』についての著作を続々と発表していくのだ。
    芸人諸君はもとより、文藝関係者諸君、ミュージシャン諸君、さらには全ての40歳になる(なった)人々へ捧げたい。
    それでは、乞う、ご期待!


    Posted by 椰子金 on  | 0 comments  0 trackback

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