TVのなかの作家たち

    合気道の本を読み終わり、時間を持て余したから、久々にTVをつけたら、ナカイの窓というTVショーをやっていた。
    作家SPということで、4人の人気作家がゲストであるとのこと。
    そのなかに西村賢太氏もおり、番組の後半、即興小説を作るというミニ企画があった。
    「どれどれお手並み拝見」と見ていたところ、あろうことかなんと西村氏は藤澤清造短編集のなかの(何という作品かは忘れたがそのなかの)借金を頼みに行く小説をそのまんま「出来た」と発表したのであった。
    バレるかもしれないという不安が多少はあったのだろう表情が強張っているようにも見て取れたが、それでも何を言わずに「出来ました」では、TVを何だと思っているのだろう、どうも舐めすぎてはいないだろうか、すなわちTVを見るような低脳な奴は純文学など読んでいないと思っているのだろう。
    だが残念ながら西村氏おすすめで自ら編集したという藤澤清造短編集を私は読んでいる。
    私以外にも多分何人も気づいたのではないかと思う。
    こんなものばれるに決まっているではないか。
    羽田氏なども最近よくTV画面で見るのだが、どうにも純文学系商業作家というのはTVショーを舐めている節があるようだ。
    きみたちの先輩である野坂昭如氏は真剣勝負をしてきたし、村上龍氏もそれなりに真面目にやっているのに、後輩であるきみたちが自らの内面をベールに隠し真実を捻じ曲げへらへらとお道化てばかりいてどうするのだ。
    国民を舐めてはいけない。
    もっと言うと読者を舐めてはいけない。
    それはともかく。
    今回のことに話を戻すと、もし即興で思いつかず苦し紛れに書いたならそれでもいいではないか。
    ただ一言でもいい。
    「さすがにそんなすぐには書けないから思わず尊敬する藤澤師匠の作品からちょっとパクッたよ」
    こういう感じで正直に言うべきではないだろうか。
    もし西村氏がそう弁明したにも関わらず編集でカットされていたのなら、TVショーの編集者自身が視聴者を小ばかにしているのだろう。
    TVショーを見る者は低脳ばかりと思って番組を作っているのだろう。
    最近のTVショーにはそういうところも多分にあるからこちらの可能性も十分にあり得る。
    だがバラエティであっても気を引き締めてTVプログラムを作って欲しい!
    文学な私がたまたま見ることがあるのだ。
    さてそれはともかく。
    余談だが。
    TVショーではこういう些細な虚偽がよくある。
    数年前だったか笑っていいともの最後の方だ。
    ビートたけしがテレホンショッキングに出演した際のこと。
    ビートたけし氏は記憶違いなのか話を盛ったのかはわからないのだが、タモリ氏相手に、中上健次氏が上司で自分はバイトで一緒に羽田空港で働いていたと語ったのだ。
    この時も「おいおい」と思った。
    というのも、中上健次氏生前に出版された対談集があるのだが、私は、中上氏が村上春樹氏や村上龍氏やビートたけし氏と対談しているから、当然のように興味をもって読んでいたのである。
    そのなかでは、中上健次氏とビートたけし氏は、羽田空港で同じ時期に働いてはいたがANAとJALと会社も違ったから会ったことない、と語っていたのである。
    一体、数十年でどうしてこういう事実と違う話に変えたのだろうか。
    中上氏自身はもう亡くなっているから特に間違いを正す人はいないかもしれない。
    だが、それでも、知らない人は本気にするだろう。
    TVショーを見るようなバカには噓を言ってもいいみたいな風潮はどうなんだろう。
    そもそも最近のTVは一体誰を(どのような人間を)視聴者だと思い番組を作っているのだろうか。
    何だか馬鹿にされているようで不愉快になるのは私だけではないだろう。










    コメント
    トラックバック
    トラックバックURL
    Comment Form








    管理者にだけ表示を許可する






    カテゴリ
    月別アーカイブ

    Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ