マイペース・マイワールド

    心持ち喧嘩せず

    大眩暈

    作夜、暮れ五つ半くらいであったろうか。
    歩道を歩いていると急な眩暈に襲われた。
    初めて感じる振幅の大きな眩暈だ。
    それとともに呻き声のような幻聴が辺り一面に轟く。
    戸惑い、不安に駆られる。
    もはや視界だけではなく、大地が振り子となって、大きな弧を描き、肉体を揺さぶり続けるのだ。
    このままいけば地球という大きなザルから振るい落とされるほどの感覚だった。
    いよいよ私は発症したのか。
    次の瞬間、大地の蠢きが止まった。
    私は、どこまでも続く道を、息を切らしながら、走り続けた。
    その間、何度も何度も、大地が唸りをあげ、私の肉体を揺らした。

    それにしても。
    あれから1日たっても眩暈が断続的に続いている。
    私は、今、正気なのか、狂気なのか。
    私は、一体、どうなってしまったのだろう。




    Category : 熊本地震関連
    Posted by 森井聖大 on  | 5 comments  0 trackback

    5 Comments

    渡辺誠志 says...""
    気になっていました。ご無事で何より。
    くれぐれもお気をつけて!!
    2016.04.16 12:38 | URL | #- [edit]
    佐倉風太 says..."No title"
    僕の母の両親は阿蘇が地元ですが、避難所に行ったらしい。なんか家具ねガラスとか壊れたらしい。掃除が大変だね、と僕は電話で言った。「社会的仕事とは、戦災や災害でたやすくゆらぐものである。芸術は一切ゆるがないものである」と昨日書いた。愛知には南海トラフ巨大地震が来るからなあ(><)『眠る誕生』という、とある外国の王女が掃除婦でアルバイトしながらラジオDJをしてタブー無視みたいな小説を農業しながら地道に書いてますが、たぶん売れます。テロがヤバい。面白い時代に我々は生きているということ。
    2016.04.16 21:32 | URL | #- [edit]
    森井聖大 says..."渡辺誠志さんへ"
    渡辺誠志さんへ

    かなりの衝撃でした。昨日までは車で寝泊りしていましたが、今日から部屋に戻りました。まだ余震があり、そのたびに少しばかり緊張感はありますが、大きな揺れが2日ないので、だいぶ落ち着いてきました。大丈夫です。ありがとうございます。
    2016.04.18 14:41 | URL | #- [edit]
    森井聖大 says..."風太くんへ"
    風太くんへ

    阿蘇ならば揺れだけでなく土砂崩れなどや、一戸建てなら倒壊の危険もあり、嫌でも避難所にいくしかないですね。今回の地震は避難所が全く避難になっていないんです。ただ選択肢がないだけです。避難所に行っても、揺れは続き、安全性もわかりませんから、要は、みんなで死ぬか一人で死ぬか、という差しかありません。結果、避難所は、単なる収容所です。余震が続く恐怖、大勢の中でのストレス、下は風邪からはじまり大きな伝染病への恐怖、食糧配給での長蛇の列、パニック状態の人々の言動、それでも家屋の倒壊、ライフラインの停止で、選択肢がなく避難するしかない状況なのです。
    文学は、芸術の側面もありますが、それだけではなく、もう一つ大事な側面として、社会的側面もあります。今回のことで、太宰治が、なぜ戦中、『御伽草子』や『正義の微笑』などを書いたのか、ようやく理解しました。小倉君は芸術性はもう十分備わっている(それは誰よりも)ので、あとは時代に寄り添う社会的側面を気にかけ創作に臨めばもっと良いものが書けると思います。
    2016.04.18 15:02 | URL | #- [edit]
    森井聖大 says..."Nさんへ"
    Nさんへ

    もう本当に今回二度目が起こった後は数日不安や恐怖で生きた心地がしませんでした。今はだいぶ余震も落ち着いてきて何とか平常心を取り戻しつつあります。ありがとうございます。
    2016.04.22 17:46 | URL | #- [edit]

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